1.打撃受けたサービス業。懸念される失業問題
各国政府による感染地域からの出入国制限や感染者・感染の疑いがある者の隔離政策、企業・個人の出張・旅行・外出の自粛により、各国とも人の往来に伴う活動が縮小し、運輸、観光、飲食をはじめとするサービス業が深刻な打撃を被った。
2001年以降、米同時多発テロ事件、バリ島テロ事件などの影響により、観光業・航空業はもともと世界的に厳しい状況にあった。東アジア・東南アジア地域では域内観光需要、つまり中国、台湾、シンガポールなどからの旅行者が、域外からの観光客の減少を補ってきたが、この域内需要がSARSの発生で一気に縮小した。各国の4月の来訪者数は、香港が前年同月比65%減、シンガポールが同67%減、タイが同46%減(うち東アジア諸国からの旅行者は同62%減)などと激減。域内の航空会社は4月以降、通常の4割〜5割の大幅な減便に追い込まれた。ホテルの客室稼働率(平均)は香港が4月に22%、シンガポールが3月〜4月前半にかけて通常70%以上のところ20〜30%、マレーシア、タイは4月に42%、インドネシアもバリ島テロ事件の影響から回復していたところに再度打撃を受け、5月初旬に35%と軒並み低迷した。
シンガポール、タイ、マレーシア、香港は国際観光収入がGDPの5〜7%を占め、その減少の影響は大きい。中国は、国際観光収入はまだGDPの1.5%程度だが、国内観光収入はGDPの3.8%(2002年)を占めている。政府による国内感染地域との間の往来の厳しい制限と人々の旅行自粛により、国内観光業は打撃を受けたことが予想される。中国の旅客輸送の伸びは1月が前年同月比7.7%増、2月が同6.4%増、3月が同5.2%増、4月が同2.3%増と低下し、とくに鉄道旅客輸送の伸びは4月に同0.4%減とマイナスに落ち込んだ。
また、観光業の不振は、外食、小売、建設など関連産業にも波及した。シンガポール政府の発表では今年第1四半期のサービス業のGDP成長率は前年同期比0.7%増で、とくにホテル・レストランは同8.0%減と大幅なマイナスとなった。台湾経済部によると、今年第2四半期の卸売り・小売・国際貿易・飲食業の営業収入は前期比3.2%のマイナス、その中でも飲食業は同14.9%の大幅なマイナスとなる見込みで、第2四半期の第三次産業のGDP成長率は前年同期比0.05%増、うち卸売り・小売・飲食業は同2.9%減と予測されている。各国とも、サービス業の中でも商業・運輸業(統計の都合上、通信業を含む)はGDPの2〜4割を占めており、雇用や所得の減少を通じた他産業への波及効果も含め、サービス業の需要減退が成長率に与える影響は大きい。
これらサービス業の事業活動の縮小に伴い、失業者も増加する見通しである。国際労働機関(ILO)の予測によると(Dirk Belau "New Threats to Employment in the Travel and Tourism Industry 2003")、SARSの影響により世界の観光業で約520万人の雇用が削減されている。観光業に依存している他セクターへの波及効果も含めると世界中で1,365万人が失業する見通しで、うち34%が東アジア、東南アジア、オセアニア地域の失業者である。直接・間接的に観光業に従事する雇用者の全体に占める割合は、シンガポール12%、フィリピン12%、タイ11%、中国7%、インドネシア6%と試算されている。SARS制圧宣言が出ても、少なくとも今年いっぱいはSARSが流行した東アジア・東南アジア地域への旅行が手控えられることは予想され、今後、観光関連産業で雇用削減が進めば、失業率がすでに高水準にあるフィリピン、インドネシアをはじめ各国に少なからぬ影響を及ぼすであろう。