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SARSの中国・東南アジア経済への影響

(株)三井物産戦略研究所 研究員 島戸 治江(しまと・はるえ)
  
はじめに
  中国、台湾、東南アジア地域を中心に突然猛威を振るった新型肺炎SARS(重症急性呼吸器症候群)は世界中の人々を不安に陥れ、この地域の経済活動に混乱をもたらした。6月に入り、感染被害が集中する中国・台湾における感染拡大が終息に向かったことから、経済活動は落ち着きを取り戻しつつある。懸念された工場の一時操業停止も中国における一部のケースにとどまった。しかし、人の移動が極端に制限されたことで、運輸・観光をはじめとするサービス業が直接的な打撃を被ったほか、商談の滞りや新規事業立ち上げの遅れなどによる影響が今後数カ月は後遺症的に残ることが予想される。
  

T SARS感染の拡大と制圧

1.感染拡大は中国・台湾に集中
  SARSとみられる患者が最初に発生したのは2002年11月、広東省仏山市であった。しかし、広東省衛生庁が世界保健機関(WHO)に対して原因不明の肺炎の感染者・死者が発生していることを初めて報告したのは2003年2月に入ってからで、同省内ではすでに300人以上が感染していた。またこの時点で、中国政府は感染状況に関する情報開示を十分に行わなかったことから、感染は香港に飛び火、香港を訪れた外国人を媒介として2月末までにベトナム、シンガポール、カナダをはじめ世界的に感染が広がった。
  WHOへの報告ベースでは、4月中旬まで感染拡大の中心は香港、シンガポールととらえられていた。しかし、4月初めころから、中国の医療関係者の内部告発にもとづく過少報告疑惑や、北京に派遣されたWHO調査団が中国政府の対応を批判するなど、中国の情報開示が不十分なことへの世界的な批判が高まった。そして4月20日、中国衛生省は緊急記者会見を行い、感染者数(可能性例)をそれまでに公表されていた37人のおよそ9倍の339人に修正した。これ以降、中国では東北地域を中心に新規感染報告数が加速度的に増加した。さらに、台湾でも4月下旬に台北で院内感染が発覚して以降、感染者が拡大し、5月半ば以降、SARSの感染拡大は中国・台湾に集中した。

2.早期制圧に成功した東南アジア諸国
  一方、東南アジア地域での最初の感染例は、中国・香港を旅行した後にハノイで発症し2月26日に死亡した米国人で、その後、周辺各国でも感染者が確認された。3月15日時点のWHOの発表では、ベトナム以外に、シンガポール、タイ、インドネシア、フィリピンで感染報告(疑い例)があった。しかし、この地域では、中国や台湾のような感染者の加速度的な増加は見られなかった。新規感染のほとんどはシンガポールとベトナム(ハノイ)でみられ、その他の国の感染者累計は一ケタにとどまった。さらに、ベトナムは4月28日、SARS潜伏期の2倍にあたる20日間を超えて新たな「可能性例」が発生しなかったとしてWHOの「最近の地域内伝播が確認された地域」のリストから除外され、世界で初めてSARS制圧を宣言した。また、シンガポールも5月31日に同じくWHOリストから除外された。
  東南アジア諸国が早期制圧に成功したのは、WHOへの報告や感染防止対策などの初動が迅速だったこと、また感染状況に関する情報の透明化につとめたためである。各国政府は、地域の貿易や観光のハブであるシンガポールや香港で感染者が急増したことから、自国へ感染が広がることへの危機意識を強め、SARS感染地域からの入国者に対する厳しいチェックや国内での感染の疑いがある者の隔離など迅速な対応策を講じた。これは初動と情報公開の遅れが被害の拡大をもたらした中国とは対照的である。
  北京での感染拡大の実態が表面化した4月20日以降は、中国も含めた東アジア全体での地域協力の推進が不可欠との気運が高まり、4月26日に東南アジア諸国連合(ASEAN)+3(日本、中国、韓国)保健担当相会議をマレーシアで開催。29日にはASEAN+中国の緊急首脳会議をバンコクで開催した。同会議には中国の温家宝首相が3月の就任後初めての外遊先として出席し、SARS対策に関する共同声明を採択し、ASEAN各国と中国の連携のもと、出国検疫の強化、情報の共有化、調査研究、感染防止のための特別基金創設などが打ち出された。また、6月1日には、中国とASEANの検疫当局者が北京で会議を開き、出入国の検疫管理の協力を強化する行動計画を採択。空港などで感染の疑いのある人を発見した場合の相互通報や、感染者を発見した場合に最寄りの空港に緊急着陸できることなどが明記されたほか、検疫担当官の配置や検査装置の強化、SARS対策関連物資の通関の迅速化、感染者が乗った交通機関の消毒の徹底などが計画に盛り込まれた。
  6月10〜11日、カンボジアで開かれたASEAN+3保健相会議において、ASEANは域内でのSARS感染拡大が制圧されたことを宣言した。

3.中国も終息宣言したが、引き続き警戒は必要
  初期制圧に失敗し感染被害が拡大したことから、中国政府は4月17日に政策を転換し、20日の緊急記者会見にのぞんだ。政府活動方針はSARS拡大防止を最優先にすること、情報開示は積極的に行うこと、また衛生相と北京市長を更迭することを決定し実行した。胡錦濤・国家主席率いる新指導部が党の権威よりも国際的な信頼の回復を優先する方針に転換したことは、4月29日のASEAN緊急首脳会議に出席した温首相が政府の対応に不備があったことを率直に認めたことにも表れた。
  中国の新規感染者数は、4月下旬は三ケタで推移していたものが、5月半ばに二ケタに、そして5月末以降は一ケタに落ち着いた。一方、台湾も5月末以降、増加ペースは緩やかとなった。
  6月13日に中国の天津、山西省、河北省、内モンゴル自治区、18日に台湾、24日に北京に対するWHOの渡航延期勧告がそれぞれ解除されたことにより、WHOによる渡航延期勧告の対象地域は無くなった。また、23日には香港が、24日には北京が相次いでWHOの感染地域リストから除外され、SARS制圧が宣言された。この結果、6月24日現在、WHOの感染地域リストに指定されているのは、台湾とカナダのトロントを残すのみとなった。
  しかし、まだ油断はできない。SARSウイルスの感染経路はいまだ完全に特定されていないし(飛まつによる感染が主たる経路と考えられているが、接触感染、糞口感染、空気感染の可能性なども完全に否定されていない)、いまだ新規感染者が出ている地域が存在する限りは感染の可能性は残る。トロントのように制圧宣言をした地域で感染が再発する例もある。また、SARSウイルスは低温に強いため、冬場に再流行する可能性があると言われている。

  

II SARSの経済への影響

1.打撃受けたサービス業。懸念される失業問題
  各国政府による感染地域からの出入国制限や感染者・感染の疑いがある者の隔離政策、企業・個人の出張・旅行・外出の自粛により、各国とも人の往来に伴う活動が縮小し、運輸、観光、飲食をはじめとするサービス業が深刻な打撃を被った。
  2001年以降、米同時多発テロ事件、バリ島テロ事件などの影響により、観光業・航空業はもともと世界的に厳しい状況にあった。東アジア・東南アジア地域では域内観光需要、つまり中国、台湾、シンガポールなどからの旅行者が、域外からの観光客の減少を補ってきたが、この域内需要がSARSの発生で一気に縮小した。各国の4月の来訪者数は、香港が前年同月比65%減、シンガポールが同67%減、タイが同46%減(うち東アジア諸国からの旅行者は同62%減)などと激減。域内の航空会社は4月以降、通常の4割〜5割の大幅な減便に追い込まれた。ホテルの客室稼働率(平均)は香港が4月に22%、シンガポールが3月〜4月前半にかけて通常70%以上のところ20〜30%、マレーシア、タイは4月に42%、インドネシアもバリ島テロ事件の影響から回復していたところに再度打撃を受け、5月初旬に35%と軒並み低迷した。
  シンガポール、タイ、マレーシア、香港は国際観光収入がGDPの5〜7%を占め、その減少の影響は大きい。中国は、国際観光収入はまだGDPの1.5%程度だが、国内観光収入はGDPの3.8%(2002年)を占めている。政府による国内感染地域との間の往来の厳しい制限と人々の旅行自粛により、国内観光業は打撃を受けたことが予想される。中国の旅客輸送の伸びは1月が前年同月比7.7%増、2月が同6.4%増、3月が同5.2%増、4月が同2.3%増と低下し、とくに鉄道旅客輸送の伸びは4月に同0.4%減とマイナスに落ち込んだ。
  また、観光業の不振は、外食、小売、建設など関連産業にも波及した。シンガポール政府の発表では今年第1四半期のサービス業のGDP成長率は前年同期比0.7%増で、とくにホテル・レストランは同8.0%減と大幅なマイナスとなった。台湾経済部によると、今年第2四半期の卸売り・小売・国際貿易・飲食業の営業収入は前期比3.2%のマイナス、その中でも飲食業は同14.9%の大幅なマイナスとなる見込みで、第2四半期の第三次産業のGDP成長率は前年同期比0.05%増、うち卸売り・小売・飲食業は同2.9%減と予測されている。各国とも、サービス業の中でも商業・運輸業(統計の都合上、通信業を含む)はGDPの2〜4割を占めており、雇用や所得の減少を通じた他産業への波及効果も含め、サービス業の需要減退が成長率に与える影響は大きい。
  これらサービス業の事業活動の縮小に伴い、失業者も増加する見通しである。国際労働機関(ILO)の予測によると(Dirk Belau "New Threats to Employment in the Travel and Tourism Industry 2003")、SARSの影響により世界の観光業で約520万人の雇用が削減されている。観光業に依存している他セクターへの波及効果も含めると世界中で1,365万人が失業する見通しで、うち34%が東アジア、東南アジア、オセアニア地域の失業者である。直接・間接的に観光業に従事する雇用者の全体に占める割合は、シンガポール12%、フィリピン12%、タイ11%、中国7%、インドネシア6%と試算されている。SARS制圧宣言が出ても、少なくとも今年いっぱいはSARSが流行した東アジア・東南アジア地域への旅行が手控えられることは予想され、今後、観光関連産業で雇用削減が進めば、失業率がすでに高水準にあるフィリピン、インドネシアをはじめ各国に少なからぬ影響を及ぼすであろう。

2.製造業への影響は軽微。ただし当面、後遺症が残る
  SARSによる製造業への影響は限定的なものにとどまっている。「世界の工場」中国における感染拡大に伴い最も懸念されたのが、中国での生産活動に混乱が生じることと、それに伴いサプライチェーンが分断されグローバルな生産体制に支障をきたすことであった。結果的には、日系進出企業で感染者の発生により工場の生産ラインが一時操業停止したのは北京の松下電器2工場、リコー、NTTデータなど一部にとどまり、部材調達に支障をきたした例もみられなかった。東南アジア地域では、むしろ中国で操業停止した部分の生産を東南アジアの拠点に振り替えるなどの対応をとり現地生産ラインがフル稼働した日系企業がみられた。IT関連の海外投資が中国に集中している台湾企業も、中国に進出する企業の9割近くが現地生産に影響は無いとしている(5月7〜8日時点の調査)。中国の工業生産額伸び率は、2003年第1四半期が前年同期比17.2%増、4月が同14.9%増、5月が同13.7%増と若干減速したものの高い水準を維持している。
  しかし、これらは既存の生産ラインに関してのことであり、新規の受注や事業立ち上げに関しては人の移動が厳しく制限されたことによる弊害が顕著にあらわれた。具体的には、出張見合わせにより商談ができない、展示会や見本市が中止・延期されたことにより受注が減少した、外資系企業は本国から現地に技術者が派遣できなくなり生産計画の遅れや新規事業の立ち上げが遅れる、などの影響が出た。JETROが実施したアジア進出日系企業へのアンケート調査結果によると、全体の69.3%がSARSによる事業への影響が「ある」と回答し、具体的な影響として(複数回答可)、「商談の滞り(75.7%)」を挙げる企業が最も多く、「技術者の移動制限による生産停滞(32.1%)」、「新規事業の遅れ(18.4%)」「契約・予約のキャンセル(17.6%)」と続いた。
  商談滞りの影響は今後徐々に顕在化することが予想される。台湾の輸出受注は今年第1四半期に前年同期比10.2%の伸びであったものが、4月は同4.6%に低下し、とくに香港向け(含む中国向け)の落ち込みが目立った。受注から生産までのタイムラグを考えると、5月以降の生産統計の数値が悪化することが予想される。また、生産計画や新規事業立ち上げの遅れは、各企業とってはコストアップ要因である。
  JETROアンケートによると、SARSへの事業面での対応として、全体で22.8%、とくに製造業が集積する中国華南地域では41.0%の企業が、生産ライン停止に備えて「部品・在庫の積み増し」を行っていた。上述したように、SARSの影響で最も懸念されたのがサプライチェーン分断リスクであり、各企業は自衛策として部品の在庫積み増しで対応したことを表している。SARS禍の懸念が完全に払拭されるまで、当面は在庫積み増し水準を維持する企業は多いものとみられ、これもコストアップ要因となる。
  SARSの影響を国別にみると、中国(86.2%)、香港(84.9%)、台湾(78.8%)で影響を受けた企業の割合が高く、ASEAN(58.5%)を大きく上回る。業種別にみると、中国・香港では「輸送機器」、「電気・電子」、「運輸・通信・商業・その他サービス」をはじめ全業種が大きく影響を受けた。台湾では、「運輸・通信・商業・その他サービス」「電気・電子」などで影響が大きい一方で、「輸送機器」などは影響を受けた企業の割合は小さく、業種によりばらつきがある。ASEANでは影響を受けた企業の割合は「運輸・通信・商業・その他サービス」(67.1%)が最も多く、なかでもシンガポール(87.1%)での割合が突出している。製造業では「電気・電子」(63.1%)への影響が大きく、やはりシンガポール(88.6%)が突出している。

3.財政出動による対応
  シンガポール政府は4月21日、SARSにより打撃を受けている事業者に対する総額2.3億シンガポールドル(約156億円;対GDP比0.1%)の救済策を発表。23日には、香港政府が総額118億香港ドル(約1,816億円;対GDP比0.9%)の経済支援策を発表した。同じく23日に、中国政府はSARS対策基金として中央財政から20億元(約290億円;対GDP比0.02%)を支出することを発表した。さらに、その約1カ月後の5月22日、マレーシア政府はSARS対策を含む総額81億リンギ(約2,491億円;対GDP比2.2%)規模の景気刺激策を発表した。その他東南アジア諸国ではSARS対策のための財政パッケージは発表されていない。
  シンガポール政府の救済策は、観光関連業向け、運輸業向け、カレッジ・ファンド(患者と医療スタッフ支援基金)の3本柱で、ホテル、レストラン、小売業が主なテナントである商業不動産に対する税金割り戻し、観光関連の研修コース参加費用の負担、タクシーのディーゼル税割り戻しなどが中心。国内からは救済策の規模が小さいとの批判もあったが、政府は救済策の主目的はSARS問題に取り組んでいるという姿勢を示すことで信頼を回復することにあるとした。
  香港政府の経済支援策は、企業の固定資産利用税(レーツ)、上下水道料金の3〜4カ月減免、SARS被害が深刻な業種(旅行、飲食、娯楽、公共交通など)に対する事業免許料の1年間減免、市民のレーツ、上下水道料金を3〜4カ月減免と給与所得税の一部還付、旅行、飲食、小売、娯楽の4業種の企業が従業員給与支払いのために銀行から短期融資を受ける際の政府保証、清掃・消毒のため2万1,500人を臨時雇用、SARS制圧に成功後の香港のイメージ回復活動の予算、医学研究・公共衛生強化のための予算、今後6カ月以内は政府が徴収する料金の調整を行わない、の8項目からなる。うちの10億香港ドルの予算については、観光・消費促進策(4.2億香港ドル)、文化・スポーツ活動(2億香港ドル)などに配分することが決められ、5月23日にWHOが香港への渡航延期勧告を解除したことを受けて実行に移されている。
  中国政府のSARS対策基金は規模が小さいが、感染者治療、予防、診断、治療設備購入、医療関係者への補助金、予防・治療医薬と物資の備蓄、診断薬の開発などに向けられる(新華社通信)。また5月7日に打ち出された緊急経済対策の中にSARSによる影響の大きい業種への支援策(税減免、利子補給、低利貸付け等)が含まれたが歳出規模は不明である。
  マレーシア政府の景気刺激策は、連邦政府の特別歳出17億リンギ、減税8億リンギ相当、中央銀行・政策銀行による貸出枠(合計56億リンギ)からなる。貸出枠はSARS対策のためのホテル業、飲食業、観光インフラ業など観光関連産業向け、および他の重点産業(起業家、新テクノロジー関連企業、国産ブランド企業、人材開発企業、中小企業)向けの融資に充てられる。その他、SARS対策としては、7カ月間(6月1日〜12月31日)、ホテルとレストランに対するサービス税を免除するほかホテル向けに電力料金を5%割引きする。特別歳出17億リンギは歳出総額(連邦政府)の2%程度だが、財政赤字を削減し、2005年までに均衡財政を達成するという政府の目標に若干の遅れが生じる可能性も出てきた。

4.経済成長率への影響
  世界同時不況に転落した2001年も中国は年率7.3%の高成長を維持し、2002年は同8.0%の経済成長を達成した。東南アジア諸国(ASEAN4)の経済成長率も2001年の2.3%から2002年は4.4%に回復した。
  2003年に入ると世界経済の先行き不透明感が高まり、先進国向けの輸出が減速した。しかし、高成長を続ける中国は「市場」としてのプレゼンスを高め、地域の成長のエンジンとなった。2003年第1四半期の東南アジア諸国の対中輸出は、タイが前年同期比88.6%増、インドネシアが同47.7%増、シンガポールが同38.3%増、フィリピンが同34.1%増、マレーシアが同24.1%増(1〜4月)と軒並み高い伸びを示した。
  しかし、そこへSARS禍が襲い、域内の成長けん引役だった中国で感染が広がったことから、東南アジアをはじめとする地域経済の見通しに大きく影を落とした。4月〜5月にかけて、各機関が域内各国の今年の経済成長率見通しを下方修正したが、とくにSARS感染被害が最も拡大した香港、台湾、シンガポールなどが、サービス産業への依存度が高いこともあり、最も打撃を受けるとされた。
  ただし、前述したとおり、SARSの経済への影響は、サービス業に深刻な打撃を与えた一方、製造業への影響は今のところ軽微にとどまっている。地域の成長エンジンとなりつつある中国は、GDPの5割以上を占める製造業に大きな影響が出ておらず、中国の成長のけん引車である貿易と対内直接投資への影響も限定的であることから、依然、6〜7%以上の成長率を維持するとみられている。
  今後、域内でSARS感染が再発する、あるいはまだ感染地域に指定されている台湾などで感染者数が再び増勢に転じるなどに問題が再熱することが無い限り、第2四半期の経済成長率が下押しされた後は、今年下半期以降、経済は回復に向かうであろう。アジア開発銀行は、5月9日にSARSの影響が長期化した場合−今年6月末までおよび最長9月末まで続いた場合−の成長率見通しを発表したが、6月末終息シナリオが現実のものとなりそうだ。

おわりに
  SARSウイルスは、どこにいるのか所在を特定することが困難という特徴を持つため、これを地球上から完全に撲滅することは難しく、インフルエンザのようにたびたび流行を繰り返すのではないかと言われている。つまり、今後はSARSウイルスの脅威といかに共存していくかを考えていかなければならない。
  今後の対応を考えていく上で、今回の経験から多くの教訓を学ぶことができる。まず政府の課題として、第一に、SARS問題への対応において情報の透明性の確保が非常に重要だという点が明らかとなった。SARSは、患者の咳(せき)やくしゃみによる飛まつ感染で周囲2メートル以内にいる人にうつると考えられている。家や職場だけでなく公共の場所や交通機関でも、患者と近くで接する機会があれば感染する可能性がある。このため患者および感染の疑いがある人の所在・行動範囲などに関してできる限り正確な情報を迅速に公開し、SARS感染の危険がどこにあるのかを明らかにする必要がある。そうすることにより感染拡大を最も防ぐことができる。この点で政府が情報の透明化につとめ成功したのがシンガポールやベトナムなどであり、対照的に中国は、情報公開の遅れが感染の拡大を招くとともに政府に対する不信感を増大させた。今回、中国政府が対策を誤った背景には、胡主席が率いるグループと、江沢民・中央軍事委員会主席が率いるグループとの間の派閥抗争による混乱があるとも言われており、中国が現在の政治体制のもとで、情報透明化を真に図れるかは今後の課題である。
  第二に、国際的なネットワークや地域連携による取り組みが有効である。グローバル化が進んだことに伴い、感染症が世界中に拡大するリスクも増大している。国境を超えた拡大を防ぐには、入国時だけでなく出国時も検疫を強化などの対策が重要となる。また今回、国際的な共同研究の成果として比較的早期にSARSの病原体が特定され、こうした国際的な情報共有体制やネットワークの整備が重要であることが認識された。
  では、日本企業はSARSという新しいリスクに対するマネジメント体制をいかに構築すべきか。第一に、社員の衛生管理体制を改めて見直す必要がある。公衆衛生の整備が遅れている開発途上国では、企業の自助努力が求められる。あわせて緊急時に対応できる生産体制の整備も進めておく必要がある。
  第二に、経営の現地化を進める必要性が高まった。今回の場合、日本の本社から感染地域の現地子会社へ、技術者などを派遣できなくなったことにより、生産計画や新規事業立ち上げに遅れが生じた。こうした事態をできる限り防ぐためには、現地人材の育成や登用を推進し、現地子会社の意思決定権、問題解決能力を強化する必要がある。
  第三に、海外投資の立地戦略の再考である。SARSの発生源であり感染の中心となった中国は、直接投資先として最も有望視されている国である。2002年には直接投資受け入れで米国を抜き世界第一位となった。日本の対外直接投資フローにおいても、他のアジア地域向けが減少する一方で、中国・香港およびインド向けの投資増加が目立った(2002年上期財務省統計)。中国の投資先としての魅力は、低廉かつ豊富な労働力、市場としての潜在的成長性、華南地域を中心とした産業集積である。しかし、SARS感染の拡大で、これらの中国の強みが、弱みに変わりうるリスクに直面した。このため投資や貿易を中国など1ヵ国に集中させるのではなく、グローバルに分散できるのであれば、それが望ましい。また、国際的に分散立地する余裕の無い企業は、リスク管理の視点を加えて中国国内での立地戦略や生産体制を考えるべきであろう。いずれにせよ、日本企業の従来の横並び的な海外立地戦略ではなく、各企業が独自の対応を検討すべき時にある。

(2003年6月24日)◆


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