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ドバイ・メトロ・プロジェクトの受注と今後への期待
三菱重工業株式会社 機械事業本部 交通システム部
交通システム輸出課長 菱沼 隆之(ひしぬま・たかゆき)
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| はじめに |
ドバイはアラビア半島の東側に位置し、アラビア湾の出口にあるアラブ首長国連邦(UAE)を構成する7首長国の一つで、面積はアブダビに次いで第二(3,900k㎡で埼玉県よりやや大きい)、人口約120万人(そのうちドバイ人は約20%)である。天然の港としても利用できる入り江のクリークがあったことから古くから中継貿易の拠点として利用されていた。真珠採取と漁業くらいが主な産業であったが、マクトゥーム家の統治の下で貿易と産業の発展に力を入れ、今や南部アラビア湾の主要貿易港に発展し、今日の地位を築いた。
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かねてよりヨーロッパからの避寒地として人気の高かったドバイであるが、2002年秋からエミレーツ航空が関西空港からの直行便を就航したこともあり、日本からの観光客も急増している。観光客のお目当てはこの世のパラダイスとも言える豪華リゾートホテルでの宿泊であり、ジュメイラに建ち並ぶ5つ星ホテルはまさに壮観である。特にドバイ・リゾートのシンボルとなっているのが、7つ星ホテルの異名を持ち、海上にそびえ立つ世界で最も高い(321m)ブルジュ・アル・アラブ・ホテルであるが、部屋料金も飛びぬけて高く、庶民には高嶺の花である。
また、スークでの金銀宝石、ペルシャ絨毯(じゅうたん)に加えて、デューティ・フリー国ならではのブランド品ショッピングも人気の的である。デイラ・モール、ドバイ・モール、ジュメイラ・モールは様々(さまざま)な高級品店、アウトレット店やレストラン等が立ち並び、この涼しくて便利な巨大モールは観光客にとって必須のスポットとなっている。
イスラム教国であるにもかかわらず、ホテル内のレストランなど限られた場所ではあるが、アルコールが自由であることもドバイの魅力の一つである。また女性を含め、外国人に対する服装にも厳しい規定はない。
最近はアラビア半島で初めての芝のゴルフ場であり、タイガー・ウッズが出場したヨーロッパPGAツアー(ドバイ・デザート・クラシック)の会場となるエミレーツ・ゴルフ・クラブを始めとしたゴルフ場や世界最高の優勝賞金(6百万ドル)を誇るドバイ・ワールド・カップ競馬も有名である。
大統領を擁し、連邦の首都でもあるアブダビは石油産出が産業の中心であるのに対して、石油・ガス資源に乏しいドバイはまさに観光立国を目指した国作りを行っていると言える。新しいホテルやオフィスビルが次々に建設されてゆく様子は壮観で、大規模なビル建設が同時並行で進んでいるため、ドバイを3カ月留守にすると街の景観が変わってしまうというのも満更大げさな話ではない。ドバイとアブダビを結ぶ片側5車線あるシェイク・ザイード通りを挟んで道路の両側はハイセンスで近代的な高層ビルが立ち並んでいて、あたかもスターウォーズの未来都市の如きである。2008年には世界一の高さ800m、160階建となるブルジュ・ドバイも完成する。また、海岸線では世界的に注目を集める「不動産事業と観光産業を結びつけた中東最初の国である」ドバイの一大プロジェクトであるパーム・アイランド等人工島の建設が進んでいる。
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ドバイの歴史を簡単にひもとくと、7世紀からイスラム帝国、オスマン・トルコ、ポルトガル、オランダの支配を受けた後、英国のインド支配の中継地として支配されてきたが、1892年に保護領化された後、1968年に英国は撤退を発表し、1971年にアブダビとドバイを中心とした6首長国が統合してUAEを結成、独立した。翌1972年にラス・アル・ハイマが加わり、現在の7首長国による連邦となった。
内政的には、UAE結成以来連邦政府は一貫して連邦体制の強化を唱えているが、各首長国は独立性を保とうとする傾向が強い。2004年11月2日にアラブ世界で名君として知られ、カリスマ的指導者であった建国の父ザイード大統領が死去し、翌日長男のハリファが新大統領に就任したが、権限の移行は順調に行われ、前大統領の穏健路線も継承されている。ドバイでは故ザイード大統領とともにUAE結成の立役者となったシェイク・ラシード前首長が1990年に亡くなって、長男のシェイク・マクトゥームが後継となった。他の首長国でも同様に次世代王族が次第に重要ポストに進出する等、UAE結成時の第一世代から世代交代が進んでいる。
日本にとってUAEは最大の原油輸入国であり、輸入原油の1/4以上を頼っていることから外交的にも極めて重要な国である。イラクで人質となって開放された3名がドバイの病院で検査入院をした後、帰国の途についたことは記憶に新しい。
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| 1.ドバイ・メトロ・プロジェクトの概要 |
石油、ガス資源の乏しいドバイは90年代から観光業などを背景に堅調な成長を示してきたが、2000年以降は、経済特区を設けるなどして中東地域の経済ハブ化を志向、経済成長を一段と加速させている。そのため、ここ数年は中国の上海をしのぐ建設ラッシュが続き、急激な人口増加による交通渋滞解消のための公共輸送機関の整備が急務となっている。今回のドバイ・メトロ・プロジェクトは、慢性的な交通渋滞問題を打開する決め手としてドバイ市庁(Dubai Municipality)が打ち出した、中東初の都市鉄道プロジェクトである。さらに何事にも世界一を志向するドバイらしく、「世界最長の全自動無人運転鉄道」というおまけつきである。
今回契約したプロジェクトは、Red Lineと呼ばれる第一期工事およびGreen Lineと呼ばれる第二期工事から構成され、トンネル、高架、駅舎などの土建工事も含む全自動無人運転の鉄道システム一式である。契約金額は第一期、第二期合わせて約4,000億円であり、都市交通としては過去最大規模の契約額である。このうち、車両、無人自動制御システム、受変電設備、軌道設備などを含む鉄道システム一式の供給を当社・三菱商事が担当、トンネル、高架、駅舎などの土木・建設工事を大林組・鹿島建設・Yapi(トルコ)のJVが手掛ける。当社/三菱商事と土建工事JVはコンソーシアムを組成し、客先との契約主体となっている。
Red Lineは、ドバイ国際空港から、市の中心部を経由し、ドバイ・クリークをトンネルで横断し、アブダビ街道と呼ばれるシェイク・ザイード通り沿いにジュベル・アリ経済特区までを約1時間で結ぶ路線である。路線長は52.1kmで、29駅が設置される。うち4.7kmが地下となっている。既に8月から設計作業に着手しており、開業は2009年9月頃の予定であり、開業後は、一日約20万人の需要を見込んでいる。
Green Lineは、エアポート経済特区からドバイ・クリークを挟むデイラ地区、バール・ドバイ地区の繁華街を経由し、建設が進んでいるヘルスケア・シティまでを約25分間で結ぶ路線長17.6km、16駅から構成される路線である。うち7.6kmは地下区間となっている。着工は2006年の予定である。
なお、Red LineとGreen Lineは、途中のユニオン・スクエア駅、バルジュマン駅で乗り換えが可能となっている。
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【計画概要】
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Phase 1
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Phase 2
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| RED LINE
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GREEN LINE
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| 路線長
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地上(高架)
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47. 4 km
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10.0 km
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| 地下
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4.7 km
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7.6 km
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| 合 計
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52.1 km
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17.6 km
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| 建設駅数
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地上(高架)
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25 駅
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8 駅
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| 地下
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4 駅
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6 駅
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| 合 計
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29 駅
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14 駅
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| 車両数
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220両
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165両
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鉄道システムの構成としては、電車385両(うちRed Line用が5両×44編成、Green Line用が3両×55編成)のほか、90秒の間隔で自動運転対応が可能な信号設備、高圧変電所を含む受配電設備、通信設備、自動改札機やホーム防護柵などの駅務設備、レール等の軌道設備、2箇所に配置される車両基地などで、建設後の保守も含むフル・ターンキー方式で建設される。なお、車両は、三菱商事の下で近畿車輛(株)が供給する。外観は、都市内鉄道としては珍しく流線型で、一等車・普通車のほか、中東事情に合わせて婦女子専用車が準備される予定である。
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運賃体系は、まだ未定であるが、ゾーン制の運賃を採用し、初乗りは100円程度となる見込みである。チケットはSUICAのような、非接触式の磁気カードが採用され、将来的にはバスやアブラ(ドバイ・クリークを横断する水上交通)、駐車場とも共用できる設計となっている。
土木建築工事においては、トンネル部分はシールド工法で建設される。高架部分や駅舎についても、シンプルな機能性を追及したドバイらしいデザインが採用されている。また駅舎は、出入り口、コンコースから、ホームに至るまでエアコンが設置されており、快適な移動を実現する。
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| 2.本プロジェクト受注の経緯 |
当社は、1994年に香港新空港向けにAutomated People Mover(APM)を受注したのを皮切りに、1995年にフィリピン/マニラ市にLRTシステムを土木工事も含んだフル・ターンキー・ベースで受注。1998年シンガポール・センカン/プンゴル地区向けのLight Rapid Transit、さらに2000年には台湾新幹線コア・システムと軌道の受注、その他アメリカやアジアの拠点空港でのAPM受注や、インドネシアの車両基地やフィリピンでのリハビリ工事など、この10年間で、鉄道エンジニアリングの実績を着実に積み上げてきた。しかし、地下鉄などのMRT(Mass Rail Transit)商談に関しては、壁が大きく立ちはだかった。システム・ターンキーでのMRT商談は、ビッグ3といわれる、シーメンス(独)、アルストム(仏)、ボンバルディア(加)の寡占状態となっており、しかも実績が最重視される世界の鉄道商談の中で、MRT建設の実績を持たない当社は、なかなかその壁をブレーク・スルーできない状態が続いていた。当社にとって、MRT商談を受注することは10年来の悲願であった。
一般的に、MRTは多大な建設予算が必要なことや、政治的なアドバルーンになりやすいことから、政府公共事業であっても、案件組成にはかなりの時間を要する。本ドバイ商談についても例外ではなく、有望なMRT案件として数年前より情報収集に努めていたが、より具体的に取り組むようになったのは、2003年からドバイ国際空港向けAPMの入札(2004年8月に契約)に注力するようになって以降である。
商談初期の段階では、4,000億円と試算されていた建設資金をどうやって調達するかが最大の関心事であった。この過大な予算をドバイ市庁だけで調達できるのか、または応札者にアレンジをするよう指示が出るのか。しかし、施主であるドバイ市庁の年間予算は約600億円といわれており、首長国あるいは連邦政府の保証等の裏付けがあるのかは、入札が公示された後もはっきりしないままであった。
さらに、もう一つの問題は、輸送量の問題である。市内の渋滞はともかく、シェイク・ザイード通り沿いに鉄道を建設しても、フィジビリティ・スタディの通りには輸送量が確保されないのではないかという懸念があった。プロジェクト・ファイナンスをするにしても、公共性を重視する鉄道は一般的に投資額に比べ、収益性が低い。まして自動車での移動があたりまえの中東地域でどれだけの鉄道輸送収入が見込めるかの予測検証は困難を極めた。さらにファイナンスの返済も考慮すると、前述の予算との関係で、計画が予定通り進まないのではないかとの懸念もあった。
入札に先立ち、04年6月に資格審査が行われた。これは、鉄道システム・ポーションと土木・建築工事ポーションのパッケージで個別に行われ、各パッケージで通過した者同士で、コンソーシアムを組んで応札する方式が取られた。資格審査の結果は7月3日に公表され、鉄道システムでは、@当社/三菱商事連合、Aアルストム、Bシーメンス、Cボンバルディア、Dアンサルド連合が通過した。
一方土木・建築工事では、@大林組連合、Aビルフィンガー(独)/大成建設連合、Bブイグ(仏)/ビンチ(仏)連合、Cバルフォアベティ(英)連合、Dオデブレヒト(伯)、Eサウディ・ビンラーデン(サウディ)が通過した。
資格審査発表後、8月1日に入札公示が予定されていたが、それまでに土建ポーションのパートナーを決める必要があった。土建ポーションは全体の半分以上を占めることから、受注のためには、価格競争力、技術力、信用力のある相手と組むことは必須条件である。さらに約半年の入札期間中にさまざまなインターフェイス等の調整を取る必要があることから、結論として、日本勢であり、しかもトンネル工事、高架工事、機電設備それぞれに強みを持っている大林組/鹿島建設/Yapi連合と組むことを選択した。
予定通り8月1日に入札が公示された。懸案であったファイナンスに関しては、10%の頭金を除く、契約金額の90%をカバーするファイナンス・アレンジが要求されていた。ドバイ首長国の保証はつくと明記されていたため、三菱商事が中心となり、国際協力銀行を中心としたECAファイナンスのアレンジを検討した。一方、貿易保険についても、日本貿易保険からも前向きな回答を得て、大方の目処(めど)がついた状況になっていた。一時は横並びと思われたファイナンス条件も、サウディ・ビンラーデン連合が中国の超ソフトローンを武器に一人勝ちする可能性が危ぶまれたが、結局、入札前にドバイ市庁にて、自己資金調達の目処が立ったこともあり、本要求は撤回され、純粋に技術/価格競争力のみの戦いとなった。
価格の入札は2月28日に実施され、即日開札された。当社連合は、シーメンス、アルストム、ボンバルディアの各グループに大差をつけて、一番札を獲得した。昨年12月に、バンコク新空港線の入札でシーメンス連合に敗れた直後であり、若干の不安はあったものの、当方、土建連合とも、ぎりぎりまで最善を尽した結果が報われたものだと思っている。
まもなく技術・商務事項に関するクラリフィケーションに始まり、4カ月強の本格的な契約交渉へと突入した。途中にビッグ3各社からの揺さぶりや、客先からの厳しい技術要求など難しい局面もあったが、当方グループの価格、技術力を十分に評価してもらい、7月9日に無事契約調印へとこぎつけることができた。
今回、ビッグ3との競争に勝ち、成約に至った要因は2点あると思われる。第一に、価格競争力を出せるチーミングができたことである。当社としても、技術力に加え価格競争力のあるサブシステムを採用するとともに、土建ポーション・パートナーである大林組/鹿島建設/Yapi連合とも綿密な協議を行い、勝てる価格作りに腐心した。これは、結果として日本企業同士の信頼関係により、インターフェイス・リスクの軽減にもつながった。さらに客先に対しても、当方連合の結束力とともに「日本品質」を前面にアピールすることができた。また、当社は本プロジェクトに先立ってドバイ国際空港向けAPM(約100億円)を受注しており、ドバイ・ファクターをビッグ3よりも把握していたことが価格競争力に結びついたと言え、入札で証明された価格競争力は、入札後のクラリフィケーションにおいても他社の横槍を防ぐことにつながった。第二に、ビッグ3を相手に引けを取らない最先端の技術+実績+取りまとめ能力を客先に評価してもらったことである。MRTシステムにおいて、当社実績がビッグ3に劣っていることは前述の通りであるが、これをカバーするため様々な手を打った。コア技術である、全自動無人運転用の信号機器は実績のあるアルカテル(仏・加)を起用、システムの「顔」である車両は、近畿車輛を起用し、センターラインを固めた。さらにシステムインテグレーションにおいても、当社の能力をさらに強化するため、全自動無人運転の地下鉄を持つ、シンガポール陸上交通局(LTA)のコンサルタント部門から全面的な協力を取り付けた。幾度となく実施された技術プレゼンテーションにおいても、LTAのサポートは客先に安心感を与えることができた。
また、日本貿易保険からは前述した貿易保険引受に関する前向き回答とともに、入札後は今野理事長御自らドバイ市長他客先主要関係者に日本連合を強くアピールして頂いたことも受注に向けての大きな後押しとなった。
現在は、鉄道システムだけでも約30名のメンバーがドバイに常駐し、プロジェクトの立ち上げおよびエンジニアリング業務を行っている。時には摂氏50度を上回るドバイの灼熱の空の下、2009年9月の第一期工事完工を当面の目標に、業務に励んでいる。
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| 3.中近東の交通プロジェクトへの今後の期待 |
第三次石油ショックとも言える昨今の原油価格の高騰によって中近東産油国の財政は潤い始めており、かつて第二次石油ショック後、1980年代の海水淡水化、発電設備建設ラッシュに続く第二のインフラ整備として域内鉄道システムの整備が期待される。
ドバイでは本件の姉妹線となるBlue Lineや、Red Lineのフィーダー線となるシステムもいくつか計画されている。
ドバイへのライバル心を持つカタールやオマーン等の他湾岸諸国は「ドバイに追いつき追い越せ!」と各国独自のコンセプトに基づく観光産業の振興に着手しており、空港拡張整備に伴う空港内APMやドバイ・メトロのような都市内交通システムの需要が見込まれる。
サウジアラビアでもBOTが要求されているランド・ブリッジ・プロジェクト、巡礼鉄道、鉱山鉄道、リヤド市内交通などの案件が具体化しつつあり、このドバイ・メトロ・プロジェクトが中近東における都市交通システムのショーウィンドーとして、今後中近東の交通プロジェクト活性化の呼び水となることを期待している。当社としては、日本にとって重要な国であるUAEドバイにおける交通政策の将来を担う本プロジェクトを完遂し、同国の益々の発展に貢献したいと考えている。◆
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