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鳥インフルエンザの脅威とアジア経済への影響

株式会社 三井物産戦略研究所 海外情報室 研究員 島戸 治江(しまと・はるえ)


はじめに
 鳥由来の新型インフルエンザの世界的流行(インフルエンザ・パンデミック)に対する危機感が高まっている。通常、人には感染しないとされる鳥インフルエンザに、人が感染し死亡する事例が、アジアを中心に増加し、中東や欧州の入り口であるトルコまで拡がりつつあるからだ。現時点では鳥から人への感染にとどまり、人から人への感染は確認されていないことから、直ちに大流行する訳ではない。しかし、いつウイルスが変異し、人から人に感染する新型インフルエンザが出現するかは予測不能で、また出現した場合は人々が新型ウイルスに対する免疫を持たないことから、急速かつ広範囲に感染が拡がる恐れが高いと考えられている。パンデミックが発生すれば、その発生源となる可能性が高いアジアの経済に甚大な影響を及ぼすことが予想される。被害を最小限にとどめるためには、パンデミックを早期に封じ込めるための国際協力体制の構築が喫緊の課題である一方、各企業のレベルでも、パンデミック発生時にいかに事業を継続するかにつき具体的な計画の策定が必要である。


T 鳥インフルエンザ感染の現状
 1. 人への感染がアジアから欧州・中東に拡大
 「高病原性鳥インフルエンザウイルスH5N1型」の人への感染・死亡事例は、1997年に香港で初めて報告された。その後、2003年12月以降、アジアを中心に人の感染・死亡事例が増加し、現在、人への感染地域は欧州の入り口となるトルコや、中東イラクまで拡大している(図表1)。世界保健機関(WHO)によると、2003年以降、2006年2月20日現在までのH5N1型の発症者数は世界合計で170人、死亡者数は計92人にのぼる(図表2)。累積感染者数が最も多いのはベトナムで、インドネシア、タイ、中国・トルコと続く。

図表1 鳥インフルエンザの感染が確認された地域
(出所): 国立感染症研究所 感染症情報センターのホームページより転載


図表2 鳥インフルエンザ感染者数・死亡者数の推移
(注)  : 2006年2月20日時点で、検査により確定された確定症例。感染者総数には死亡者数も含む。
(出所): WHO


2. 迫る新型インフルエンザの脅威
 問題となっているH5N1型ウイルスは、現時点では鳥から鳥、および鳥から人への感染にとどまっている。鳥から人への感染経路は、家庭の裏庭で鳥を飼育するなど日常的な鳥との接触、あるいは生きた鳥の販売業や防疫業務に携わるなど感染鳥への密接な接触が原因と考えられている。このため一般的には、鳥から人への感染は、感染鳥と近距離で接触した場合や、感染鳥が使用した水や排泄物に直接接触するあるいは糞を吸い込むなどした場合に限られる。一方、人から人への感染事例は確認されておらず、直ちに大流行する状況にはない。
 しかし、それまでベトナム、タイ、カンボジア、インドネシア、中国、マレーシアと東アジアに限られていたH5N1型ウイルスの鳥への感染が、2005年以降、ロシア、カザフスタン、モンゴル、ルーマニア、トルコ、クロアチア、ウクライナ、イラクと、ユーラシア大陸の東から西へ拡がった。そして、2006年2月に入り、ナイジェリア北部の鶏からアフリカ初の感染例が確認された後、イタリア、ギリシャ、アゼルバイジャン、イラン、オーストリア、ドイツ、スロベニア、フランスと欧州域内各国で相次ぎ感染した野鳥が発見され、インド西部でも鶏からインド初の感染が確認された。
 こうした鳥の感染地域の拡大は人への感染の機会も増やすこととなり、鳥インフルエンザウイルスが人への感染を繰り返すうちに、偶然、通常のインフルエンザにかかっている人の体内で人のウイルスと遺伝子の組み換えを起こしたり、ウイルスが変異したりして、人から人へ容易に感染する能力を獲得する可能性がある。また、鳥と人の両方のウイルスに感染する豚の体内で遺伝子組み換えが生じる場合もある。
 実際、鳥インフルエンザの人への感染が発生している地域の多くは農村地帯で、農家の裏庭などで家禽(鶏、あひる、七面鳥、うずら)や豚が混在して飼育されていたり、また都市部でも人々が生きた鳥や哺乳動物を売買する市場と隣接して生活していたりなど、突然変異が生じやすい環境にある。さらに、こうした地域でインフルエンザが発生したとしても、彼らが政府の呼びかけに応じて、主な収入源であり食用でもある家禽類を自主的に処分するとは考え難く、感染拡大を抑えるのは容易ではない。また、大陸をまたがる感染の地域的な拡がりは、渡り鳥の越冬ルートに沿ったものであり、これも対策は難しい。欧州各国では、アフリカなどで越冬を終えた渡り鳥が北上するのに伴い今後感染が一層拡大する恐れがあり、野鳥から家禽への感染を防止することが最大の課題となっている(注1)。
 こうした状況のもと、WHOは再三にわたり、「鳥インフルエンザが人から人へ感染する力を得て大流行するのは時間の問題」であり、「すべての国に危険があり、すべての国が対策を講じる必要がある」と警告を発している。WHOは、新型インフルエンザが発生しパンデミックに至る過程を6つのフェーズに分け、各フェーズにおいて必要な対応を定めている(図表3)。WHOは、現時点で世界はフェーズ3の段階にあり、人から人への感染は基本的に生じていないが、鳥から人への感染が認められることから、新型ウイルスの特性を迅速に確認し、感染症例の発見・報告・対応を早期に行う必要があるとしている。

図表3 WHOの定義によるインフルエンザ・パンデミック・フェーズ
フェーズ1 前パンデミック期 動物間に新しい亜型ウイルスが存在するが、人への感染は確認されていない 人への感染のリスクは低い
フェーズ2 人への感染のリスクはより高い
フェーズ3 パンデミックアラート期 人への新しい亜型ウイルスの感染が確認されている 人から人への感染は無いか、極めて限定されている
フェーズ4 人から人への感染が確認されるが、非常に小さな集団に限定されている
フェーズ5 より大きな集団で人から人への感染が確認される
フェーズ6 パンデミック期 人から人への世界的流行の発生 一般社会で急速に感染が拡大し、持続している
(注)  : 2005年5月に公表されたWHO Global Influenza Preparedness Plan(WHO世界インフルエンザ事前対策計画)に基づく
(出所): 厚生労働省および国立感染症研究所のホームページに基づき作成

 インフルエンザ・パンデミックとして科学的に証明された最初の事例は、1918年に流行したスペインかぜである。スペインかぜは米国で発生し、第一次大戦の米軍の進軍とともにヨーロッパ大陸に伝播した。感染者数は当時の世界人口の25〜30%、死者数は4,000〜5,000万人という甚大な被害をもたらしたとされる。以後、10〜40年の周期で世界的流行をもたらしたインフルエンザはいずれも鳥由来の新型インフルエンザである(図表4)。スペインかぜが流行した当時はウイルスに対する知識が乏しかった点で現在とは状況が異なるが、交通機関が発達し、人の移動範囲が広がった現代は、流行の伝播スピードが速まり、パンデミック発生の危険はむしろ高まっていると言える。そして、専門家の間ではアジアを発生源とするH5N1型ウイルスが次のパンデミックの原因となる可能性が最も高いと考えられている。

図表4 20世紀のインフルエンザ・パンデミック
名称(ウイルス型)  発生年  推定死者数
スペインかぜ(H1N1) 1918年  4,000〜5,000万人 
アジアかぜ(H2N2) 1957年 200〜400万人
香港かぜ(H3N2) 1968年 100万人
(出所): WHO、厚生労働省および国立感染症研究所ホームページに基づき作成


II インフルエンザ・パンデミックの経済的影響
1. 流行規模
 新型インフルエンザの脅威に対する懸念が高まる一方で、パンデミックが発生した場合の経済的影響に関する情報は限られる。新型ウイルスの感染力と致死率、発生国やその初動体制など流行規模を左右する要因の不確実性が高く、影響を予測するのが難しいことが背景にある。実際、いくつかの機関が公表している被害規模の推計は非常に幅がある(図表5)。WHOは、全世界で200〜740万人の死者が出ると予想しているが、これは1957年に発生したアジアかぜ程度の致死率を想定したものである(注2)。他方、世界銀行エコノミストのブラームバット氏は、スペインかぜに匹敵する高い感染率と致死率を想定すれば、最悪の場合、全世界で1億5千万人にのぼる死者が出る可能性もあると指摘する(注3)。

図表5 新たなインフルエンザ・パンデミックの流行規模(各機関の推計)
発表機関 感染者数 死亡者数
WHO
(米国疾病管理センター(CDC)のモデルを基に推計)
高所得国だけで1億3,400〜2億3,300万人が外来通院、150〜520万人が入院 全世界で200〜740万人
世界銀行
(Brahmbhatt, 1999の推計)
米国で罹患者約9,000万人、うち4,000万人が外来通院、70万人以上が入院 米国で10〜20万人
米国連邦議会予算局(注1) @深刻シナリオ:米国で9,000万人 米国で200万人
Aマイルド・シナリオ:米国で7,500万人 米国で10万人
日本厚生労働省
(CDCのモデルを基に推計)(注2)
日本で1,300〜2,500万人が医療機関受診  
@重度シナリオ:日本で200万人が入院 日本で64万人
A中程度シナリオ:日本で53万人が入院 日本で17万人
(注1) : 深刻シナリオは感染率30%、致死率2.5%、マイルド・シナリオは感染率25%、致死率0.1%として推計
(注2) : 重度シナリオは致死率2%、中程度シナリオは致死率0.53%として推計
(出所): WHO、世界銀行、米連邦議会予算局、厚生労働省のホームページに基づき作成

 2003年、中国、東南アジアを中心に突然猛威を振るった新型肺炎SARS(重症急性呼吸器症候群)は世界中の人々を不安に陥れたが、結局、感染者数は26カ国で8,098人、死亡者数は774人にとどまった。インフルエンザウイルスは空気感染で拡がることから、主に飛沫感染(咳やくしゃみにより放出される水滴)によるSARSに比べ、明らかに感染力が強く、被害も大きくなることが予想される。


2. アジア経済への影響
 鳥から鳥、もしくは鳥から人への感染にとどまる現時点ではマクロ経済への影響は限定的である。現在、主に打撃を受けているのはアジア各国の家禽産業で、具体的な影響として、@生きた家禽類とその肉の禁輸措置等による輸出減少、A国内の家禽肉の消費減少、B感染した家禽類の殺処分のコスト、が挙げられる。鶏肉輸出量の多い香港、中国、タイや、国内消費が多いインドネシア、ベトナムなどで相対的にマイナスの影響が大きいことが予想されるものの、第一生命経済研究所(2004)の試算によれば、アジア各国のGDP押し下げ効果は最大でもマイナス0.4%程度にとどまる(注4)。一方、SARS流行時にみられた観光、運輸、小売、飲食などサービス産業への影響も現時点ではほとんどない。
 しかし、人から人への感染が始まった場合の被害はこの限りではない。インフルエンザ・パンデミックに比べれば感染被害が小規模なSARSでも、感染を恐れた人々が外出や旅行を控えたことにより、観光需要や消費需要が大幅に落ち込んだ。アジア開発銀行(ADB)によると、SARSによる経済損失は東アジアのGDPの約0.6%、180億ドルに及んだ。
 ADBは、インフルエンザ・パンデミックが発生した場合は、SARSを大幅に上回る規模の人的、経済的被害が生じると警告している。ADBが2005年11月に発表したレポートでは、感染率が20%、致死率が0.5%(アジアでは300万人が死亡)という軽度のパンデミックを前提とした場合でも、アジア(日本を除く)のGDPは少なくとも1,100億ドル、最大で3,000億ドルの損失を被ると試算している(注5)。ADBの試算では、SARSの経験から、心理的な影響、すなわち感染を恐れる人々が人混みへの外出を避けたり、旅行を控えたりすることによる消費およびサービス需要の減少が最も大きいとし、心理的影響が短期間で終息する場合(シナリオ1)と長期間続いた場合(シナリオ2)の2つのシナリオを検証している(図表6)。
 シナリオ1は、深刻な需要減少がみられるのは半年間のみで、その後1年半は軽い影響が残るが、影響が及ぶ範囲はアジア域内にとどまる。この結果、需要サイドからみると、2006年のアジアのGDP成長率は2.3%ポイント低下する(992億ドルの需要減少)。一方、治療・入院(2週間仕事を休む)や死亡により労働が減少し、生産活動が停滞することによる供給サイドの影響は、GDP成長率を0.3%ポイント押し下げる程度と軽微にとどまる。
 シナリオ2は、深刻な需要減少が1年間続き、さらにその後1年は影響が残るだけでなく、影響はアジアから世界全体に広がる。この結果、需要サイドからみると、2006年のアジアのGDP成長率の押し下げ効果は6.5%ポイントに及ぶ(2,827億ドルの需要減少)。なお、感染率・致死率の前提は一定のため、供給サイドの押し下げ効果は0.3%ポイントで変わらない。また、世界貿易は14%減少し、損失規模は2兆5千億ドルに達する。さらに、長期シナリオでは、多くの国で投資が2年間にわたり停滞し、工業生産や貿易に影響を及ぼすことから、失業率が上昇するとしている。
 ちなみに、世界銀行は、インフルエンザ・パンデミックの経済損失は年間で、世界全体のGDPのおよそ2%に当たる総額8,000億ドルにのぼる可能性があると指摘している(注6)。
 国別にみると、ADBは、シンガポール、香港、マレーシア、タイなど経済開放度の高い国、サービス業や貿易への依存度が高い国ほど経済への影響は深刻だとしている(図表7)。
 加えて、畜産業の規模が大きい国が打撃を受けるほか、農村人口の比率、若年および老年人口の比率が高い国や、医療体制の整備が遅れている国はパンデミックに対する脆弱性が高いことが予想される(図表8)。

図表6 インフルエンザ・パンデミックのアジア経済への影響(ADBの試算)
(注1) : 感染率20%、致死率0.5%という前提をもとに試算
(注2) : シナリオ1は、深刻な需要減少は半年間のみで、その後の1年半は影響が弱まる。影響はアジア域内のみ
(注3) : シナリオ2は、深刻な需要減少が1年間続き、さらにその後1年間影響が残る。影響はアジアから世界に広がる
(注4) : 需要サイドの影響は、消費、投資行動、観光を含むサービス貿易の減少など
(注5) : 供給サイドの影響は、労働力の減少など
(出所): Bloom, E., V. de Wit and M.J. Carangal−San Jose(2005)


図表7 アジア各国のサービス、貿易への依存度
(単位:%)
   サービス輸出/GDP   観光輸出/GDP   総輸出/GDP 
中国   3.3 1.6   45.2
香港 28.8 4.8 186.8
韓国   5.4 1.1   56.4
インドネシア   3.3 3.0   42.0
マレーシア 13.1 7.5 125.4
フィリピン   3.7 2.2   48.9
シンガポール 33.3 5.3 258.3
タイ 11.1 6.2   68.2
(注)  : サービス輸出は2003年、観光輸出は2002年、総輸出はOxford Economic Modelを用いた2006年の推計値
(出所): Bloom, E., V. de Wit and M.J. Carangal−San Jose(2005)


図表8 インフルエンザ・パンデミックに対する脆弱性指標
(注1) : 生きた家禽類のストックは、鶏、あひる、がちょう、七面鳥の合計
(注2) : 農業/GDPは、中国と香港が2003年、タイが2004年速報値
(注3) : 農村人口比率は総人口から都市人口比率を引いた数値。韓国、インドネシア、フィリピンが2003年
(注4) : 年齢別人口構成は、台湾のみ2003年
(注5) : 医療費/GDPは、香港、台湾のみシティグループによる推計
(出所): 1:FAOSTAT, 2:ADB, Key Indicators 2005, 3:World Bank, World Development Indicators 2005, 4:Citigroup


III 対策
1. 国際協力
 インフルエンザ・パンデミックの対策は、@発生予防、A早期発見、B疾病拡大予防、C治療、D研究、の5つに大きく分けられる。新型インフルエンザの発生を防ぐためには、@の防疫体制を万全にするとともに、Aの早期発見・通報を含むサーベイランス体制を確立する必要がある。それでも新型インフルエンザが発生してしまったら、Bのマスク着用、外出制限、ワクチン接種などの対策により、早い段階で封じ込める必要がある。また、Cの治療に備えて、抗ウイルス薬「タミフル」(注7)を備蓄しておく必要があるとともに、新型インフルエンザのワクチン・抗ウイルス薬を早急に開発するためには、Dの研究が重要となる。これらは一国のみで対応できる問題ではなく、国際的な連携・協力が必要となる(注8)。
 こうした状況下、2005年10月以降、鳥インフルエンザ対策につき協議する国際会議が相次ぎ開催されている(図表9)。それまで、鳥インフルエンザに関する問題は、鳥の感染については国連食糧農業機関(FAO)と国際獣疫事務局(OIE)、人が感染した場合はWHOの3つの国際機関が中心となり対策を検討してきた。しかし、感染被害が集中する開発途上国ではサーベイランスや医療体制が十分に整っていない上に、高価でかつ生産能力が限られる抗ウイルス薬「タミフル」を備蓄できる能力が限られていることから、途上国への支援体制を整えることが急務となり、国際援助機関および援助国・被援助国などすべての関係者を集めた会議が開催されることとなった。
 2005年11月7〜9日、鳥インフルエンザに関するWHO・FAO・OIE・世界銀行共催会合が100カ国以上から約600名が参加し開催された。そこで、世銀は鳥インフルエンザ対策(抗ウイルス薬準備、ワクチン開発、農家への補償を除く)として今後3年間で10億ドル、WHO・FAO・OIEは今後半年間、優先度の高い施策のために3,500万ドルが緊急に必要との試算を発表した。
 こうした資金需要の試算を受けて、具体的な資金の拠出方法を検討する国際プレッジング会合が、2006年1月17〜18日に北京で開催された。同会議は中国政府、世界銀行、欧州委員会の共催で、103カ国、20以上の国際機関から、約700人が参加した。世界銀行は、05年12月時点で、新型インフルエンザ対策に必要な費用は今後3年間で12億ドル以上(地域別内訳は東アジア・太平洋53%、欧州・中央アジア19%、アフリカ12%、中東・北アフリカ9%、南アジア6%、中南米1%)との試算を示していたが、会議の結果、主要ドナーから表明された資金拠出額は総額19億ドル(うち無償が10億ドル)とこれを大きく上回った。各ドナーのプレッジ額は、米国3億3,400万ドル、日本1億5,500万ドル、EU加盟国合計1億3,000万ドル、欧州委員会1億2,000万ドル、ロシア4,500万ドル、オーストラリア4,200万ドル、中国1,000万ドル、世銀5億ドル(多くは融資)、アジア開発銀行4億6,800万ドル(多くは融資)などとなった。これらの資金は、不足する抗ウイルス薬の生産・備蓄、家禽へのワクチン接種や防疫体制の強化、各国の医療・研究機関のネットワーク化などに使われる予定で、具体的な資金使途の調整とその実施・モニタリングが今後の焦点となる。
 一方、その他の首脳会議や地域協力会議においても、鳥インフルエンザは必ず議題として取り上げられ、何らかの対策が打ち出されている。アジアに関しては、APECや東アジア首脳会議などにおいて、域内各国の協力・支援体制の強化が確認された。2005年12月に開催された第1回東アジア首脳会議では、参加16カ国(ASEAN、日本、中国、韓国、インド、豪州、ニュージーランド)の間で、抗ウイルス薬「タミフル」の備蓄ネットワーク構築、各国および国際機関の間の情報共有を強化するための「鳥インフルエンザ研究参考・地域センター」「WHO地域協力センター」の開設などが合意された。
 また、新型インフルエンザの早期発見と封じ込め策に焦点をあてた会議も開催された。2006年1月12〜13日に東京で開催された国際会議は、日本政府とWHOの共催で、アジア14カ国および米国、カナダ、豪州、欧州から計23カ国、6つの国際機関などから約130人が参加した。会議では、アジア各国に対し、新型ウイルス株の共有やWHOへの迅速な報告、封じ込め策実施の上での法律・ロジスティックスなど実務上の問題の特定などを提言した。パンデミックを阻止するカギは、新型インフルエンザ発生を早期に検知・報告し、約2週間以内に、感染地域の住民の移動を制限し、抗ウイルス薬を投与するなどの封じ込め策を実施できるかどうかにある。しかし、現状では、各国からの発生報告に2週間以上かかっており、早期発見が依然、最大の課題である。

図表9 鳥インフルエンザ対策に関する国際会議
会議名 開催日時・場所 対策、その他
FAO・OIE・WHO共催鳥インフルエンザ対策会議 2004.1.27
ジュネーブ
 
International Partnership on A/PI 高級事務レベル会合 2005.10月
ワシントン
米国主催の専門家会議。世界約80カ国代表参加。
翌月米国は支援対策表明(「新型インフルエンザ゙危機への予防的国家戦略」)。
国際閣僚級会合 2005.10.24〜25
オタワ
鳥インフルエンザの抑止を目指し、国際的な協力体制の確立を訴えた。
動物防疫と人への感染防止に向けた連携、リスク評価と危険性に関する広報体制、ワクチンや抗ウイルス剤の開発と供給体制、調査体制の充実に向けた対応策を協議、包括的合意へ。
イラワジ・チャオプラヤ・メコン経済協力戦略会議(*) 2005.11.3
バンコク
共同宣言(鳥インフルエンザ゙対策での協力強化)採択。
タイのタクシン首相、周辺国へ感染拡大防止のため250万ドルの拠出表明。
(*タイ・ベトナム・ミャンマー・ラオス・カンボジアによる地域協力機構)
鳥インフルエンザWHO・FAO・OIE・WB会議 2005.11.7〜9
ジュネーブ
今後3年間で10億ドル、半年間で3,500万ドルが必要
行動計画案(監視体制の構築・早期抑制、国全体の対策統合など)採択。
APEC首脳会議 2005.11.18〜19
釜山
06年11月までにインフルエンザ゙対策の行動計画を策定・実施。
ワクチンや抗ウイルス剤の開発・製造・輸送の体制構築を支援。
域内各国が渡航者の管理について情報を交換。
小泉総理、WHOなど国際機関へ総額280万ドル超の支援表明。
G7衛生安全国際会議 2005.11.18
ローマ
「ローマ宣言」を採択。G7各国衛生相等が参加。鳥インフルエンザ感染防止で協力、必要措置をとり、対応能力を高めることで一致。
ワクチン・抗ウイルス薬物センター設立の必要性、各国のインフルエンザ早期発見のための監視体制の確立と情報開示の重要性を指摘。
アジア閣僚会議 2005.12.6〜7
雲南省昆明
中国農業省主催。ASEAN各国・インド・ロシア・世銀・FAO等が参加。
鳥インフルエンザ感染拡大防止に向けた国際協力の強化を呼び掛ける。
東アジア首脳会議 2005.12.14
クアラルンプール
「鳥インフルエンザの予防、抑制、対応に関する東アジア首脳会議宣言」採択。
抗ウイルス薬「タミフル」の備蓄ネットワークの構築。
情報共有強化のため「鳥インフルエンザ研究参考・地域センター」「WHO地域協力センター」の開設。
小泉首相、1.35億ドル拠出表明(ASEAN向け50万人分「タミフル」供与含む)。
新型インフルエンザ早期対応に関する国際会議 2006.1.12〜13
東京
新型インフルエンザ出現時の「早期対応」に焦点を絞った最初の国際会議。
発生源となり得るアジア諸国、WHOおよびドナーが各々取るべき措置を具体的に記述。
ロッシュ社は、抗ウイルス薬の国際備蓄のための追加供与検討を表明。
鳥および新型インフルエンザに関する国際プレッジング会合 2006.1.17〜18
北京
北京宣言(国際機関への迅速な情報提供、ワクチン・抗ウイルス薬の研究開発における情報公開の徹底)採択。
今後3年間の抗ウイルス薬備蓄や獣医、保健環境改善、啓発活動等のための、各国・国際機関の拠出額は総額19億ドル。
小泉首相、2000万ドルの追加支援表明(世銀、ADBに設けた信託基金を通じ)。
G8財務相会議 2006.2.10〜11
モスクワ
鳥インフルエンザが世界経済に及ぼすリスクを協議。
G8サミット主要国首脳会議(予定) 2006.6〜8月頃
サンクトペテルブルク
 
(出所): 外務省、厚生労働省ホームページほか各種報道に基づき作成


2. 企業の対応
 インフルエンザ・パンデミックが発生してしまった場合は、国家、行政レベルでの対策はもちろんのこと、企業や個人の対応が非常に重要となってくる。むやみな外出を控える、人混みを避ける、止むを得ない外出はマスクを着用する、手洗い・うがいの励行や十分な睡眠を取るなどの予防策、およびインフルエンザの症状が出た場合は早急に医師の診断を受けるなど、更なる感染拡大防止には各個人の自衛策・健康管理が不可欠である。
 一方、パンデミックの経済的被害を最小限にとどめるためには、企業の対応が重要となる。かつてスペインかぜで深刻な被害を蒙った経験のある欧州は、政府が感染防止のための監視体制の強化でいち早い対応をとっているが、民間企業のレベルでもパンデミックへの対策が重要なテーマとなっている(図表10)。具体的には、事業継続計画(Business Continuity Plan: BCP)の一環として、パンデミック対策に取り組む企業が増えている。BCPとは、天災やテロ、システム障害など事業活動が中断されるような事態が発生した際に、目標とした時間内に事業を再開し、継続させるのに必要な手続きや体制を具体化した計画である。一般的なリスク管理が平時の対応で予防的な側面が強いのに対し、BCPは危機発生時の事業の継続に重点を置いたものである。BCPの策定に積極的な欧米企業では、サプライチェーンが分断されることにより、自社の事業が継続不能な状況に陥らないようにするため、自社だけでなく取引先に対してもBCPの策定を求めることも一般的である。さらに、欧米ではBCPの規格化や業界基準を定める動きも始まっている。
 パンデミックの際の業務の継続にとって最大の課題は欠勤対策である。どのくらいの欠勤者が出るかは流行規模によるが、英国政府は、累積で全体の25%の従業員が3〜4カ月の間に5〜8日間欠勤するという前提のもと、各企業にBCPを策定するよう指針を示している(注9)。また、01年9月の同時多発テロ事件以降、重要インフラ(国家安全保障、経済、国民生活にとり重要な資産やシステム)の保護に対する関心が高まっている米国では、重要インフラを抱える業界が、政府と連携を取りながら、緊急時の対策で独自の取り組みを始めている(注10)。例えば、金融業界の重要インフラ保護を目的に設立された金融サービス・セクター調整評議会(Financial Services Sector Coordinating Council:FSSCC)は、加盟する金融機関に対し、インフルエンザ・パンデミックの際のBCP策定に関する指針を示しており、とりわけ、従業員の欠勤対策に重点をおいた計画策定を求めている(注11)。

図表10 欧米企業のインフルエンザ・パンデミック対策事例
企業名 業種 対策ほか
HSBC(英) 銀行
最悪の場合、全社員(77カ国で約25万人)の50%が欠勤することを想定
欠勤者削減対策の検討
TV会議を活用した在宅勤務の導入
事務所内を一時間に一回、清掃・消毒
Citigroup(米) 銀行
事務所の殺菌・消毒
Deutsche Bank(独) 銀行
インフルエンザ・パンデミックを想定した事業継続計画(BCP)を策定
Goldman Sachs(米)
Morgan Stanley(米)
投資銀行
トレーダーの在宅勤務の認可につき金融当局と相談
Metro(独) 小売
鶏肉の調達先を鳥インフルエンザ未感染国に限定
インフルエンザ・パンデミックを想定したBCPを策定中
Carrefour(仏) 小売
BSE問題の経験から、食品のトレーサビリティを強化
Sainsbury(英) 小売
インフルエンザ・パンデミック対策のワーキンググループ結成
KFC(米) 外食
正しく調理された鶏肉は安全という点につき、消費者への広報強化を計画
DuPont(米) 化学
インフルエンザ・パンデミック対策チーム結成
Lafarge(仏) 建設資材
鳥インフルエンザに関するイントラネットのサイトを開設し情報共有
(出所): 産経新聞 2006.1.11, Financial Times 2006.1.9−11, Business Week 2005.11.17

 これに対し、日本では企業のパンデミック対策に向けた指針はまだなく、また各企業のBCPへの取り組みは欧米に比べ遅れているのが現状だ(注12)。SARS流行の際、日本企業の多くは懸念された工場停止やサプライチェーンの分断など最悪の事態を免れたものの、海外生産拠点での対応でさまざまな混乱に直面した。その経験を無にしないためにも、迫り来るパンデミックの危機に十分備える必要がある。◆

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(注1) : 欧州連合(EU)は、加工していない羽毛(高熱の蒸気で処理したものを除く)の域内への輸入全面禁止(2006年7月末まで)や、デンマーク、スウェーデン、スロベニア、ドイツなどで家禽の屋外飼育を禁止したほか、感染が確認された地点を中心に三段階の危険地域を設定し、鶏肉・卵の出荷停止、家禽の隔離・移動制限、防疫処理、鳥類の市場取引禁止を義務付けるなど、緊急措置を相次ぎ打ち出している。
(注2) : http://www.who.int/csr/disease/influenza/pandemic10things/en/index.html
(注3) : Brahmbhatt, M., “Avian Influenza: Economic and Social Impacts”, Sep.23, 2005.
(http://web.worldbank.org/WBSITE/EXTERNAL/TOPICS/EXTHEALTHNUTRITIONANDPO
PULATION/0,,contentMDK:20663668〜pagePK:64020865〜piPK:149114〜theSitePK:
282511,00.html)
(注4) : 鳥インフルエンザの流行が6カ月続いた場合。タイが最大でマイナス0.41%ポイント、最小はインドネシアとカンボジアでマイナス0.02%ポイント。なお、養鶏農家への政府補償が実施された場合は、各国のGDP押し下げ効果はこの半分にとどまるとする。(第一生命経済研究所「鳥インフルエンザの流行がアジアのマクロ経済に及ぼす影響」2004年2月10日)
(注5) : Bloom, E., V. de Wit and M.J. Carangal-San Jose, “Potential Economic Impact of an Avian Flu
Pandemic on Asia”, ERD Policy Brief No.42, ADB, Nov. 2005.
(注6) : “Avian Flu: Economic Losses Could Top US$800 Billion”, Nov. 8, 2005.
(http://web.worldbank.org/WBSITE/EXTERNAL/NEWS/0,,contentMDK:20715408〜pagePK:64
257043〜piPK:437376〜theSitePK:4607,00.html)
(注7) : 現在、A型またはB型インフルエンザの治療および予防のために使用されている医薬品。新型インフルエンザにどの程度の効果があるかはそのときにならないと分からないものの、新型インフルエンザのワクチンが開発されるまでの間、治療に用いられる予定。
(注8) : 國井修「鳥インフルエンザ流行と国際協力・援助の必要性」FASID第137回Brown Bag Lunch報告書、2006 年1月6日(http://www.fasid.or.jp/chosa/forum/bbl/pdf/137_r.pdf)
(注9) : UK Health Departments, “UK Influenza Pandemic Contingency Plan”, Oct. 2005.
(http://www.dh.gov.uk/assetRoot/04/12/17/44/04121744.pdf)
(注10): 渡辺弘美「米国における重要インフラ保護対策の状況」2005年11月
(http://www.ipa.go.jp/about/NYreport/200511.pdf)
(注11): FSSCC, Statement on Preparations for “Avian Flu”, Jan. 24, 2006.
(http://www.fsscc.org/reports/avianflu.html)
(注12): 世界事業継続協会(BCI)が2004年度に実施した調査によると、海外企業461社のうちBCPを策定している企業は約47%(売上高20億円以上の企業のみだと約69%)だった。一方、インターリスク総研が2005年2〜3月に国内の全上場企業3,755社を対象に実施した調査では有効回答数533社のうちBCPを策定している企業は9.8%にとどまった。
(http://www.irric.co.jp/press_release/2005/may/0509_2_1.html)
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