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ロシアの法的投資環境(第2回)

ロンドン大学教授・弁護士 小田 博(おだ・ひろし)


紛争処理制度 (1)裁判

 投資をめぐる紛争は、契約当事者間の契約紛争はもとより、税務当局との紛争、環境法に関する紛争、許認可に係わる紛争、知的財産権をめぐる紛争等、多様である。紛争が話し合いで解決できない場合は、裁判、あるいは商事仲裁に紛争の解決を委ねることになる。投資家の立場からは、紛争解決手段としては、投資国における裁判と国際商事仲裁との選択では、後者が望ましいが、実際には当事者に選択の余地があるとは限らない。税務紛争、許認可等の行政処分に関する紛争など、投資国の裁判所で争う以外に手段がない場合もあり、また相手方に投資国の裁判所に訴えられた場合には応訴せざるを得ない。そこで今回は、ロシアの裁判制度・手続の実際について検討することにしたい。

3.商事裁判所と通常裁判所

 現在、ロシアの裁判制度は、商事裁判所と通常裁判所の二系統に分かれている。他に憲法裁判所も存在する。(注10)
 通常裁判所(一般管轄裁判所)は、社会主義時代の人民裁判所の後身で、「民事、家族、労働、住宅、土地、環境、その他の法律関係から発生した紛争」を管轄する。一方、商事裁判所は、社会主義時代に国営企業間の紛争を処理した国家仲裁機関(gosarbitrazh)が、社会主義崩壊後、改組されて裁判所になったものである。商事裁判所は、旧gosarbitrazhが仲裁機能をもっていたために、沿革上、arbitration courtと呼ばれるが、これは仲裁機関ではなく、国家の裁判所である。ロシアの国際商事仲裁機関としては、国際商事仲裁裁判所があるが、これとの混同を避けるためにも、ロシア国外では、この裁判所は、商事裁判所(commercial court)と呼ぶのが一般的である。
 通常裁判所と商事裁判所は、憲法裁判所とともに、「単一の司法制度を形成する」。しかし、通常裁判所と商事裁判所では、組織法と手続法が異なる。商事裁判所の組織については、通常裁判所と共通の「ロシア連邦の裁判制度に関する法律」の他に、商事裁判所法が別途制定され、また、手続に関しては、通常裁判所に民事訴訟法典が適用されるのに対して、商事裁判所では商事裁判手続法典が適用される。この二つの訴訟法典は、2002年に司法改革の一環として、「訴訟法をヨーロッパ水準に近づけるために」全面改正された。
 手続的にみる限り、民事訴訟法典と商事手続法典は、審級制度に差がある他は、それほど大きな違いはない。しかし、商事裁判所の裁判官は、企業間紛争に関する専門家であり、その点で専門機関として独自の存在意義をもつ。この二つの系統の裁判所を統合する提案もあったが、実現していない。
 通常裁判所と商事裁判所の管轄配分は、当初から困難な問題であった。ロシアでは民法と商法が区別されない。ロシアの民法典は、民商一元主義をとり、商法的規定も含まれている。そこで民事事件と商事事件という区別はなく、「商事裁判所は商事事件、通常裁判所は民事事件を管轄する」という命題は成立しない。
 2002年に手続法典が全面改正されるまでは、両裁判所の管轄が重複したり、奇妙な管轄配分がなされることがあった。例えば仲裁判断の執行申立ては、いずれの裁判所に行うことも可能であった。一方、株主が株主総会決議の無効を争う場合に、株主が個人の場合は、通常裁判所、法人の場合は、商事裁判所の管轄とされた。商事裁判所は、法人、または個人事業者の事件を扱い、通常裁判所は、事業を行わない個人の事件を扱うとされていたからである。これでは例えば同じ株主総会決議について異なった裁判所で矛盾した判断が出る可能性があった。
 両裁判所の管轄競合の問題は、2002年の手続法典全面改正でかなり明確になった。商事裁判所は、法人、個人事業者が関係する「事業活動、その他経済活動の遂行に関連する事件」を管轄する。法律が定める場合には、ロシア連邦、地方政府が当事者となることもできる。一方、当事者が誰であるかを問わず、商事裁判所が特別管轄をもつ場合がある。破産事件、法人の設立、再編、清算に関する事件、登記関係事件、株主と会社間の事件などである。また、租税事件も生じ裁判所の管轄に含まれる。
 一方、通常裁判所の管轄で、ロシア投資に関して重要なのは、行政訴訟である。すなわち、何人も、行政立法など、下位法令が法律に反していると考えるときは、通常裁判所に出訴することができる。また、国家機関・地方機関、またはその職員の行為(不作為を含む)の無効を主張して通常裁判所で争うこともできる。ロシアでは1970年代から、行政行為の司法審査の拡大が主張されていたが、社会主義体制の下では限界があった。ペレストロイカ以降、基本的に全ての行政行為は司法審査に服することになった。これは憲法上も保障されている。
 ロシアに進出した企業が現地の行政機関の違法な行政処分により不利益を被ったとき、例えば環境法違反を理由に水の利用許可が取消された場合や、土地の収用処分の場合には、その処分を通常裁判所で争うことができる。
 しかし、投資紛争の処理の多くを処理するのは、商事裁判所である。以下では商事裁判所を中心に検討することにしたい。

4.商事裁判所が審理する事件

 商事裁判所には、各連邦構成主体に設置されている第一審裁判所(モスクワ、サンクト・ペテルブルグは独立した連邦構成主体であり、それぞれ市の商事裁判所がある)、20の控訴審裁判所、10の管区(破毀審)商事裁判所、そして最高商事裁判所がある。(注11)
 商事裁判所が2007年に審理した事件の統計が先月公表された。民事事件に関しては、概要以下のとおりである。(注12)
      民事法律関係から生じた事件総数 387,743
  契約の不履行、不相当な履行 262,539
  契約の締結、変更、破棄 10,563
  所有権確認 27,159
  契約外の損害賠償請求 11,099
  法人の設立、再編、清算 1,389
  知的財産権関係 1,831
  事業上の評判の擁護 805
 商事裁判所が排他的な管轄を持つ特別なカテゴリーの事件としては、破産事件と租税関係事件とがある。2007年には商事裁判所に44,225件の破産申立てがあった(これは前年の半分以下である)。租税関連事件については、事件の総数は444,296件と多数であるが、これは租税機関が個人に対して執行手続をとる場合に裁判手続によることが必要なためであり、訴訟事件としては、租税法規の適用を争う事件が115,031件審理され、そのうち、60,312件が租税機関の決定を争うものであった。これらの事件では、75%の事件で納税者側が勝訴している。もっとも、争われる額が高額になるほど、納税者側の勝訴率は低いことは否めない。しかし、これまでにも有力外国企業が関税等に関する事件で勝訴した事件は報告されている。
 商事裁判所では、例年1,200〜1,300件前後の外国人が関与した事件が審理される。商事裁判手続法典は、外国人が参加した手続に関して、特に一章を割いている。商事裁判所は、2007年に、1,338事件(うち、CIS諸国以外の法人・個人が当事者であった事件は、837件)が審理された。外国側が勝訴した事件は、696件(CIS以外は349件)であった。最近では、日本の大手企業が最高商事裁判所で勝訴判決を得た。
 なお、外国人当事者が参加した事件では、330件が破毀審で争われている。これは一般の事件の平均値に比べてはるかに高い。

5.裁判官

 商事裁判所の裁判官も、通常裁判所の裁判官も、その資格は同一である。裁判官の選任・罷免等に関しては、裁判官の地位に関する法律がある。
 社会主義時代は、裁判官は、名目上は選挙制であったが、実際には共産党の機関が任命権を行使した。裁判官の地位はきわめて低く、「二流の法律家」がなる職業とされた。社会主義崩壊後の初期の司法改革の目標は、裁判所・裁判官の独立を確立し、その権威を高めることにあり、裁判官の地位に関する法律の制定もその一環であった。現在は、選挙制は公式にも廃止され、裁判官は、審級ごとの裁判官資格審査委員会により選任・罷免される。もっとも、改革の初期は、裁判所の独立性が強調されたが、プーチン政権下では、裁判官資格審査委員会に、裁判所外からの構成員が増加した。ちなみに、現最高商事裁判所長官は、メドベージェフ大統領のレニングラード大学法学部の同級生であり、裁判官の経験はないが、現大統領が2年前に大統領府に勤務していた際にその能力をかわれて抜擢されたと言われる。
 商事裁判所では、陪審制度はない。ただし、法律以外の専門家である商事参審員の制度があるが、あまり利用されない。

6.裁判手続

 裁判手続について詳述する紙幅はないが、主要な点のみを挙げておく。
(1) ロシアの裁判手続は、基本的に英米法ではなく、大陸法の手続である。訴訟の構造としては、当事者主義が原則であり、当事者平等が訴訟法でも定められている。しかし、当事者主義といっても、これは裁判が対審構造をとるという意味に留まる。アメリカ法のように広範なディスカバリーが認められるわけではなく、また交互尋問が活発に行われるわけでもない。そもそもロシアの弁護士はこうした制度に習熟してはいない。一方、裁判官は、職権主義的に行動する。裁判官が「適正な審理と公正・正当な判決のために必要な」追加的な証拠の提出を当事者に求めることも可能である。社会主義時代からの民事司法の伝統で、裁判官が経済的弱者の後見的な役割を果たすことが予定されている。
(2) 証拠開示については、独自に証拠を入手することができない当事者は、証拠を特定して、その証拠によって何を証明しようとするのか、またその証拠をなぜ独自に入手できないのかを明らかにした上で、裁判所に相手方、または第三者の下にある証拠の提出を求める申立てを行うことができる。相手方、または第三者が相当な理由なくして裁判所の請求に従わなかった場合には、裁判所により過料が課せられる。しかし、これは制裁としては不十分であり、証拠提出命令の有効性が十分に担保されているとはいえない。
(3) 当事者は、裁判所に対して証拠の提出が不可能、または困難になるとの根拠ある懸念を持つときは、証拠保全の申立てをすることができる。これは訴え提起の前でも可能である。
 また、当事者は、自己の財産的利益を保全するために、債務者、または第三者の下にある債務者の財産の仮差押や、紛争の目的物に関する債務者の特定の行為の禁止する仮処分などの措置を裁判所に求めることができる。2007年には1000件以上の申立てに対して、その30%が認容された。この申立ても訴え提起の前でも可能である。財産差押等の保全処分も利用されている。
(4) 民事・商事事件でも、事件によっては、検察官が公益の代表者として参加することが認められている。例えば民営化手続の違法を争って検察官が現所有者(投資家)に対して自ら訴えを提起したり、手続に参加することがある。検察官の参加は、2002年の改正でその範囲が限定されたが、それでも14,514件で検察官が参加している。
(5) 法廷における審理手続に関する訴訟法の規定は少ない。基本的には裁判官の裁量に委ねられる部分が多いといえる。

7.裁判の遅延と上訴制度

 訴訟法上、審理の期間には、規制がある。すなわち、訴えの提起から判決まで、第一審の手続は1ヶ月以内に終了することが法律上要求されている。手続は、集中審理方式をとり、連続して行われ、公判期日の間隔が日本のように4〜6週間空くということはない。1ヶ月の法定期限はかなりの程度に遵守されており、これを超えるのは全事件の5%程度である。ちなみに、各裁判所は、この期限遵守と上訴審における破棄率によって評価され、期限違反事件数が多い裁判所は、最高商事裁判所から批判されることになる。上訴審でもそれぞれ審理期限が設定されている。
 外国投資家から、ロシアでは裁判手続が長期化するという批判があるが、これは主として上訴制度に問題があるからである。
 ロシアの上訴制度は、下級審に対する極度の不信にもとづく、19世紀以来の旧態依然たる制度が社会主義時代にも続いていたが、2002年の訴訟法改正の際に、かなりの程度に合理化された。しかし、今でも問題は残っている。
 第一審裁判所の判決に対しては、控訴審裁判所への控訴が可能である。控訴審は、基本的には覆審制で、事実問題を含めて審理をやり直す。控訴申立期間は1ヶ月で、控訴審の審理期間は1ヶ月とされる。これは権利としての上訴である。ここで裁判判決は確定する。しかし、第一審、または控訴審の確定判決に対してさらに二つの審級による審理が可能である。まず、当事者は、原判決の法令適用の誤りや訴訟法違反の場合に、破毀審裁判所に破棄申立てを行うことができる。申立ては原判決確定後2ヶ月以内であれば可能である。審理期間は1ヶ月である。破毀審には2007年に197,733件の破棄申立てが行われた。しかし、実際に第一審の判決が破棄されたのは、総数の2.2%に止まる。
 破毀審の決定に対しては、それが実体法、または手続法の違反、または誤った適用により、「事業活動、その他の経済活動の領域において権利、および法的利益の重大な侵犯があったとき」には、さらに最高商事裁判所に監督審手続による審理を求めることができる。(注13) これはきわめて重大な法令違反や「裁判の統一」の必要がある場合に限られる。これも確定判決に対する上訴であるが、破毀審決定から3ヶ月以内に申立てを行わなければならない。最高商事裁判所は、申立てを受理した場合には、幹部会で事件を審理する。しかし、最高商事裁判所による監督審の審理はきわめて少なく、2007年には、15,932件の申立てがあったが、幹部会で審理されたのは339件であった。このうち、287件で下級審判決が破棄された。
 かつて帝政ロシアの時代や社会主義時代には、下級審にはできるだけ裁量権を与えないことが至上命題であった。いまや状況が異なるが、現在でも、下級審の裁判官の質を考慮するならば、上級審による審査の機会を十分に確保することは必須の課題である。しかし、現在の制度は合理的であるとはいえない。
 破毀審・監督審は、事実審ではなく法律審であるから、自ら事実を取り調べることはできず、問題があれば下級審に事件を差し戻さなければならない。問題は、上級審の決定の拘束力が確立されていないことである。監督審については拘束力の規定があるが、控訴審、破毀審についてはこれがない。また、拘束力の規定があっても、差戻し審で上級審の決定が無視されることが少なくない。そうなると、再度上級審が審理し、下級審判決を改めて破棄・差戻することになる。このように審級間を行ったり来たりするために、事件の審理に時間を要するのである。

8.ロシアの裁判所は公正か

 ロシアの裁判所は、外国投資家が安んじて紛争解決を委ねることができる、独立した公正な機関であろうか。
 現行憲法も、また裁判所関係の法律も、裁判所と裁判官の独立を定める。しかし、同様の規定は社会主義時代にも存在したが、共産党による介入や、有力者が電話で裁判官に指示を与えるtelephone justiceも広く行われた。したがって、規定の存在だけでは実効性がないことは明らかである。問題は二通りある。まず第一は司法への政治介入である。すでに1998年のSidanko事件において、当時、大手の石油生産企業であったSidankoが、競争企業による破産手続の濫用により、解体され、この企業によって低廉な価格で取得された。当時の破産法は、ロシアにおける企業買収の最も安価な手段と評価されていたが、この事件はその好例であった。破産管財人の解任をめぐって最高商事裁判所も政治的な判断を下したと批判された。
 近年の顕著な司法への政治介入の例は、2006年のYukos事件である。当時のプーチン大統領の政敵であったホドルコフスキー氏が経営する大手石油企業が租税逋脱の疑いで、国税当局から摘発され、結局解体された事件である。これは他の大手石油企業と比べて租税当局の対応が大きく異なっており、外国投資家からは、個人資産の国有化とも評された事件であった。また、最近では、BP-TNKを巡る紛争が政治的色彩を帯びている。
 しかし、欧米の投資家の間では、こうした司法への政治介入を、資源産業に限定された例外的な事態とする見方が多い。
 第二の問題は、裁判官の腐敗である。ロシアの裁判官は、他の職業に比べると経済的に優遇されているが、それでも汚職の例は少なくない。これは最高裁判所・最高商事裁判所の長官も率直に認めるところであり、毎年十人を超える裁判官が様々な理由で処分されている。これは一般の裁判官に止まらず、裁判所の所長・長官も含まれる。先月も、破毀審裁判所の長官が、市当局から不動産を大幅割引で購入したとして資格を停止された。
 こうした「汚職との戦い」は容易ではないが、2005年に最高商事裁判所長官に就任したイワノフ氏は、昨年末の来日の折の講演で、今後腐敗防止にさらに真剣に努力する旨、講演で強調した。(注14)ロシアでは、新長官の下で事態が少しでも改善されることが期待されている。


(注10) 憲法裁判所も、租税法や破産法について判断を下すことがあり、それが法改正をもたらした例もあるが、ここでは取り扱わない。
(注11) 一方、通常裁判所は、第一審裁判所、控訴審裁判所、連邦最高裁判所から構成される。
(注12) Vestnik Verkhovnogo Arbitrazhnogo Suda, 2008 No.4,p.34ff.
(注13) この手続は、新事実の発見による再審手続とは異なる。
(注14) イワノフ長官の講演録は、「国際商事法務」2008年6月号707ページ以下参照。
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