>>>今月の特集(国別事情)

アルゼンチン向けビジネスの現状と今後の展望

日本貿易振興機構(JETRO)
ブエノスアイレス事務所長 設楽隆裕
(しだら・たかひろ)


1.はじめに


 07年11月、強権的かつ内向的な政策の下でアルゼンチン経済の建て直しを図ってきたキルチネル大統領の任期が終わった。その政策に対する産業界からの不満は数多くあるものの、平均8.8%の5年連続でのプラス成長という実績は評価に値する。任期最後の昨年のGDP成長率は、対前年比で0.2%増の8.7%を記録して、後任のフェルナンデス大統領(キルチネル夫人)にバトンを渡した。就任時から退任時までの経済活動指数を比較すると、46.2%増加しており、それに伴い、失業率も20.4%から7.5%まで低下している。01年の経済危機の際に5,500ポイントに上昇していたカントリーリスク指数(EMBI+指数、JPモルガン)も退任時には400ポイントまで低下し、米国、スペイン、ブラジルなどの国からの投資が相次いだ。生産研究センター(CEP)によると、07年の海外からの対亜直接投資額は117億6,690万ドルに上っており、08年も9月末時点で100億ドル以上の外国からの投資が発表されている。経常収支は07年で70億ドル以上を記録し、一人当たりのGDPは約7,000ドルに達している。
 07年12月、危機からの脱却を果たしたアルゼンチンの舵取りを次に担うことになったフェルナンデス大統領への産業界の期待は大きかった。前述までの肯定的な実績の裏で、数々の政府主導による市場原理に反する経済政策によって頭を悩まされてきたからである。中でも穀物類、鉱物品、石油関連製品など主要輸出品目の輸出税や、労働コスト高騰問題、エネルギー供給不足問題、パリクラブ債務問題の是正が強く求められてきた。だが、その期待は08年に入ってから大きく裏切られることとなる。08年3月の新たな輸出税の引上げ政策を巡り、農家との対立が激化。この問題を発端とした金融不安が広がった。最後は、政府の意向に反して、上院議会での否決という形での事態の収束が図られたが、フェルナンデス大統領の求心力を大きく損ねる結果となり、44.9%という高得票率で就任した彼女の支持率も4月以降大きく後退する。その様な最中、08年9月、フェルナンデス大統領は、自身の巻返しと失墜しているアルゼンチンの対外的な信用回復を狙って、同国が主要先進国に対して抱えている公的債務(パリクラブ債務)の支払い手続きの開始や05年の民間債権交換に応じなかった債権者問題(ホールドアウト)の再交渉を発表した。しかし、その後、リーマンショックを発端とした世界的な金融危機の流れの中で、年内返済予定の話は迷走し、最終的には継続案件として再度先行き不透明な状況に陥ることとなった。その後、預金者の保護を目的として、民間年金基金(AFJP)の国有化を発表したことで国の債務返済能力への不信感が広がる。減速する経済の活性化を図るべくフェルナンデス大統領は08年11月に710億ペソ規模(約212億ドル)の公共事業投資を含む、金融危機対策プランを発表した。課題山積ではある一方で、依然として資源国としてのポテンシャリティーも大いに秘めているのも事実だ。

2.農業国としてのポテンシャル


 世界の食料不足が深刻化する中で、アルゼンチンは穀物、野菜、果物、食肉など食糧供給基地として最も高い潜在能力を秘めている。アルゼンチンの作付け土地面積は約3,000万ヘクタールあり、適度な雨量と温和な気候、湿潤パンパと呼ばれる肥沃な広い土地などに恵まれている。これらの土地を活用し、高い競争力を持つ産業によって世界有数の食物輸出国の地位を得ており、その輸出額は、年間170億ドルにも上る。07年の農産品・加工食品の総輸出額は178億ドルで、総輸出額の実に32%を占めている。また、02年から07年にかけて10%の成長を遂げ、GDPの5%を占めるに至っている。また、新規ビジネスの16%と、研究開発の8%がこの分野で展開しているほか、労働市場の30%が従事している。

【アルゼンチンの農業産業の実績】
@世界一のヒマワリ油の生産国および輸出国
A世界一の大豆油の輸出国および世界三位の生産国
B世界一のハチミツの輸出国および世界三位の生産国
C世界一の馬肉の輸出国
D世界一の梨の輸出国
E世界一のレモンの輸出国および世界三位の生産国
F世界二位のピーナッツ油の輸出国
G世界三位の牛肉生産国
H世界三位の大豆生産国
I世界五位のワイン生産国(15億リットル)

 その他にも、農業の高い潜在能力の理由として、以下の点が挙げられる:
(1)作付け土地面積の余力(まだ9,000万ヘクタール近くの草原が牧畜のみに利用されている)。
(2)人口が比較的少ない(3,974万人 )。そのため生産物の大半を輸出に向けることが出来る。
(3)近年、先端農業機器の導入や、遺伝子組換え(GM)種を用いた不耕起栽培などの採用で大幅な生産力の拡大に成功している(90年代のアルゼンチンは、新種のGM大豆およびトウモロコシの認可の先駆者であった)。
(4)01年の経済危機後、高騰する国際相場に併せて、自国通貨の切下げ政策や、比較的安い労働コスト、エネルギーコストなどの要因が重なり、高い競争力と利益率を確保してきた。
(5)国内外からの投資家による農業ファンドなど堅実なビジネスや投資の存在。アルゼンチンの穀物生産は、ここ10年で約64%の成長を記録しており、5,760万トンから9,430万トンへ増加した。この拡大の背景には、近年まで作付け実績が乏しかったアルゼンチン北部地域のチャコ州、コリエンテス州、サンティアゴ・デル・エステーロ州南部、サルタ州、フフイ州、ラ・パンパ州西部、サン・ルイス州などでの生産が拡大したことが主な要因として挙げられる(主な作付け品目は、大豆、トウモロコシ、ひまわり)。
 本分野でのビジネスチャンスの一つに、穀物や油糧種子などの生産を目的とした農業ファンドビジネスがある。広大な土地と先端機材を用いて、個人農家では対応できない、大量生産事業への投資信託ビジネスだ。金融危機の影響で穀物相場が下落する中、新たな投資が伸び悩んでいるものの、将来を見据えて農地の拡大を図る動きもある。

 バイオ燃料ビジネスにおいては、アルゼンチンは、EU、米国、ブラジルに次ぐ世界四位のバイオ・ディーゼル燃料の生産国である。当地で生産されるバイオディーゼルは大豆油を原料としており、その大半が輸出向けに生産されている。また、国内向けにも政府は06年4月にバイオ燃料促進法(法律26.093)を策定しており、2010年までにガソリンにバイオエタノール、ガスオイルにバイオディーゼルをそれぞれ5%混合する方針にある。このため政府は、生産促進のために関連投資案件における付加価値税(21%)の還付、消費財の加速減価償却、3年間の最低所得税の免除などの優遇策を設けている。さらに、1991年の法律23.966号によるガソリン、ガスオイルの国内出荷に適用される液体・気体燃料税(最低19%から最高70%の課税)や2001年の決議1381号による水害インフラ整備税(1ℓのガソリンまたは1㎥当たりにA$0.05の課税)、法律26.028号によるガスオイル輸入税(20.20%の課税)などをバイオ燃料には適用しないなどのインセンティブも併せて設けた(政府による、同分野への投資誘致資料参照:http://www.prosperar.gov.ar/admin/uploadfiles/files/Biofuels.pdf )。

 加工食品分野への外国からの投資も盛んだ。07年の同分野に対する直接投資額は7億7,400万ドルで、コカ・コーラ社(2億8,900万ドル)、ビール会社のキルメス社(1億900万ドル)などがロジスティック強化、生産の拡大、技術革新などの設備投資を目的に投資を行った。その他にも、加工肉、野菜や果物、有機食品、乳製品、ワイン、ミネラル水などの分野も有望品目であり、特にワインについては近年日系の商社による投資が相次いでいる。

 これだけの高い潜在能力を誇る一方で、農業ビジネスにおけるいくつかの不安要素もある。アルゼンチン政府は農産品を中心とした自国の輸出を後押しする一方で、全輸出品目に対して輸出税を課してきている。最低は5%から最大で35%の税率だが、中でも穀物製品に対する輸出税は最も高く設定されている。キルチネル前大統領は、昨年任期終了の直前にこれらの穀物類に対する輸出税率の引上げを実施した。具体的には、小麦を20%から28%、トウモロコシを20%から25%、ヒマワリは23.5%から32%、大豆は27.5%から35%にそれぞれ引き上げた。さらに、フェルナンデス大統領就任後、政府は08年3月に、穀物類に対する輸出税のさらなる引上げ策2を発表し、反発した農業関係者と対立した。政府は、農業セクターは自然資源に恵まれ、現在異常なまでの高収入を得ているためと説明し、政策の正当性を主張した。だが、最大の目的は、公的債務の支払いに用いる財源の確保であり、そのために、税収を大幅に拡大したい政府の意向が背景にあるのは明白であった(アルゼンチンの08年6月末時点での債務残高は1,498億ドル)。これによって国内の農業関連4団体は、国内の主要道路の封鎖活動を含む、全国的な抗議活動を展開することとなる。その後、本件は下院・上院両議会にて審議された結果、与党内からの造反者の続出に加えて、最終決議票を有する副大統領兼議長の造反により否決される。政府と農業セクターとの間に大きなしこりを残したこの問題は、その後もさらなる税率の引き下げ要求へと発展し、国際的金融危機の中で、政府はとうとう小麦とトウモロコシの税率の引き下げ案を表明するに至っている。
 これは農業セクターにおける事例であるが、その他にも昨年11月時点で、鉱物品、石油関連製品などに対する輸出税政策の改正、08年3月にはバイオ燃料の輸出税の引上げなど、突発的な政策変更を数々実施してきており、その首尾一貫しない姿勢は、産業界の大きな不満要素の一つとして常に挙げられている。

農業セクターのほかにも、アルゼンチンにおけるポテンシャル・ビジネス分野について、いくつか紹介させていただきたい。

3.林業


 アルゼンチンの林業セクターは、近年著しく拡大してきている。主にエントレリオス州、コリエンテス州、ミシオネス州などの地域にまたがるメソポタミア地域には120万ヘクタール規模での植林が行われている。特にマツとユーカリの木が多く、それぞれ総生産の50%と30%を占めている。本産業の拡大の背景には、良質でチリやブラジルより安価な土地の存在以外にも、99年に策定された法律25.080による中小企業向けの支援や、投資に対する税制上の優遇制度がある。だが、その一方で製品を運び出すためのインフラ整備の遅れなどが大きな課題として残されているのが実情だ。

4.鉱業


 GDPに占める本産業の割合は1.8%と低いが、開発可能面積75万平方キロメートルを誇り、その75%が未開発であることから大きなポテンシャルを秘めている。チリやボリビアとの境界(アンデス山脈沿い)に既存のプロジェクトが集中しており、銅、鉛、亜鉛、金、銀、リチウム、その他非金属鉱物などが採掘されている。アルゼンチン鉱業商工会議所(CAEM)によると、08年の総投資額は80億ドルに上り、07年の29億ドルを大幅に上回る予定にある。特にサンフアン州のパスクア・ラマス地区、カタマルカ州のアグアリカ地区、サンファン州のパチョン地区においては、金、モリブデン、銀と銅の開発プロジェクトへの投資が近々予定されている。

アルゼンチン鉱業の動向
単位:100万ドル
出所:亜国鉱業庁および民間調査データ

5.農薬品・農作機械


 近年のアルゼンチン農産業の拡大と並行して、農薬産業と農作機械産業の需要も拡大してきている。農薬産業では、特に除草剤、殺虫剤、殺菌剤、防黴剤などの防疫剤や肥料類の成長が著しい。アルゼンチンの農薬産業には、約80社に上る国内外の企業が参入しており、防疫剤ではMonsanto社、 Atanor社、 Syngenta社、 Bayer社、 Dow-Agrosciences社、 Basf社、 Dupont社などが参入しており、肥料ではPasa社、Profertil 社、Nidera社、 Cargill社、 Hydro Agri社、 Bunge社、 ACA社などが入っている。本分野の内需は持続的に成長してきたものの、近年の国内生産量は減少に転じている。その原因は、エチレンなどの原料のもとである天然ガスの供給不足にある。そのため、年間350万トンの消費量に対して、一部は輸入に頼らざるを得ない現状にあるが、政府補助金によって輸入コストの一部が補てんされている現状だ。
 一方、農薬や肥料などと同様に、拡大傾向にあるのが農産業関連機械だ。農業機械市場は7,200万ドル規模と予想されており、トラクター市場ではAGCO社(42.1%)、John Deere社(27.2%)がそれぞれ半数以上のシェアを有しており、刈取り機市場においてもJohn Deere社(51.3%)とCNH社(31.2%)などの外資が上位を独占している。なお、播種機においては現地メーカーのFabril Vasalli社やRoque Vasalli社が主な供給先となっているが、その他の農作機械については輸入が中心となっている。今年、当地で毎年開催されている農協主催の専門見本市のLa Rural展では、愛媛県の井関農機株式会社の海外提携先であるAGCOグループの現地会社が井関トラクターをChallengerブランドで出展しており、アルゼンチン農家から高い評価を受けているとAGCO社責任者は話している。その他にも、広島の新ダイワ工業株式会社の農業林業用機械を取扱うMULTIJACTO社も出展しており、日本製品の品質の良さをブース装飾の前面に出す形でアピールしており、両社とも日本製品の商機に手応えを感じていた。

6.エネルギー産業


 キルチネル政権下での高度成長期を経て、現在アルゼンチンの産業界が直面する課題の一つに、エネルギー供給不足問題がある。アルゼンチンのエネルギー庁が発表した電力分野での需給関連統計を見ると、07年の総需要19,000Mwに対して、実際の供給量は18,000Mwで、1,000Mwほどの供給不足が生じている。03年から07年にかけての油田の生産量は13.6%減少しており(4,284万㎥から3,036万㎥)、08年の1〜9月期も前年同期比で2.9%の減少を記録している。一方で、ガスもほぼ5,000万㎥前後での横ばい状態が続いており、08年1〜9月期も前年同期比で1.0%減少している。政府はこの様な状況に対して、電気消費のピーク時である1〜2月(夏期)と7月(冬期)に産業界に対する計画停電や、隣国チリへのガス輸出の制限、ボリビアからのガスやブラジルからの電力輸入などによって持ちこたえているが、未解決のパリクラブ問題などが足かせとなり、新規油田・ガス田開発のための融資が滞っている。一方で、政府は06年にエネルギー政策の一環として、バイオ燃料促進法、原子力拡張計画を立て続けに発表した。さらに07年12月からは「合理的かつ効率的なエネルギーの活用に関する国家計画(PRONUREE)」を発表している。同計画の目玉は法律26.350号(2007年12月26日付で承認)にて導入されたサマータイムであるが、一部の州では通常経済活動への支障を理由に導入を拒み、全国規模での導入には至っていない。
 上記に加えて、政府による光熱費の価格統制も新たな投資の妨げとなっていたが、政府は今年から初の家庭用電気料金の値上げや、昨年に引続き2回目の産業向け電気料金の値上げに踏み切るなど、その姿勢に変化の兆しが見えている。また、新たなガス田・油田の開発に対する税制面での優遇政策3もそれぞれ発表されている。

アルゼンチンの天然ガス、石油、石炭の生産量
出所:亜エネルギー庁
※暫定値


アルゼンチン電力発電量(07年)          アルゼンチン電力消費量(07年)  
出所:亜エネルギー庁


 アルゼンチン経済の今後の動向については、政府の中長期計画の不透明性から、その予測は困難を極めるものの、輸出の主力品である穀物などの生産者との和解や、過度な補助金政策の見直し、パリクラブ問題の解決が大いに期待されるところである。


(注1) 国家統計センサス局(INDEC)2008年予測値
(注2) 現行の固定型から国際相場に応じて変動する変動型の輸出税を導入。当時の相場で大豆で44.1%の輸出税率の適用が予定されていた。
(注3) 08年3月策定「Programa Gas Plus」(エネ庁決議24号)と08年12月発表「Programa Petróleo Plus」
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